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ジェノヴァ会議

1922年、第一次世界大戦後の最初の経済復興国際会議。ドイツ、ソヴィエトも参加し、接触した。

 1922年4~5月、第一次世界大戦後の経済復興に関する国際会議が、ドイツなど旧同盟国側も含めた29カ国が参加してイタリアのジェノヴァで開催された。ソヴィエト政権(ソヴィエト=ロシア)も招請されて参加したが、1921年にレーニン新経済政策(ネップ)を打ち出し、市場経済を容認する姿勢に転換していたためであった。
 レーニンはこの会議に代表を送るに当たり、「われわれがジェノヴァへ赴くのは、もとより共産主義者としてではなく商人としてであり、我々は商売をしなければならないが、彼らも商売をしなければならないのである。」と述べた。この情勢の変化を見たイギリスのロイド=ジョージは、資本主義諸国が国際的合弁事業の形でロシアに投資し、市場の開拓を行うことを提案した。しかし会議は不調に終わり、戦後の経済復興に関するヨーロッパ諸国の協力態勢も生み出されずに終了した。

意外な副産物

 ところが、この会議中にソヴィエトとドイツが接触を重ね、国交を結ぶことで合意し、ラパロ条約を締結、ドイツ共和国がヨーロッパで最初のソヴィエト革命政権を承認した国家となり、資本主義国を驚かせた。<岡義武『国際政治史』1955 再刊 2009 岩波現代文庫 p.197>
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ノートの参照
第15章2節 イ.国際協調と軍縮の進展