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米州機構/OAS

1948年に南北アメリカ大陸諸国が結成した地域同盟。アメリカの共産圏に対する封じ込め政策の一環であった。

 Organization of American States1948年、南北アメリカ大陸の21カ国によって結成された地域同盟。前年に締結されたリオ協定に基づき、48年コロンビアのボゴタで開催された第9回パン=アメリカ会議で設立が決まった。本部はワシントンにおかれており、現在は参加国35カ国。 → アメリカのカリブ海政策

共産圏封じ込め政策の一環

 参加国が侵略に対して共同防衛をはかる組織であるが、アメリカ合衆国ラテンアメリカ地域に大きな力を発揮する基盤となった。グアテマラキューバなどの社会主義政権には除名などの措置を執った。1961年には、アメリカのケネディ政権は、米州機構加盟国に対して進歩のための同盟を提唱、経済援助と民主化を支援するとしながらキューバの孤立化を図った。

米州機構の変化

 米州機構は東西冷戦時代のアメリカによる封じ込め政策の一環として、軍事同盟としての側面が強かったが、冷戦後は貧困対策、人権問題などの解決が課題とされている。1969年のエルサルバドルとホンジュラスのサッカー戦争では、両国の和平調停にあたっている。
 米州機構はアメリカ合衆国の中南米支配の道具として機能し、発足以来、事務総長はアメリカ人もしくはその息のかかった人物が就任していたが、2005年の選挙では、アメリカが最初に推薦した人物が落選し、チリのインスルサ前内相が就任した。これはOASで初めてのことであり、アメリカの中南米への影響力が弱まっていることを如実に表している。
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ノートの参照
第16章3節 イ.ラテンアメリカ諸国とキューバ革命