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第4章 内陸アジア世界の変遷

2 トルコ化とイスラーム化の進展

Text p.103

ア.トルコ民族の進出
 トルコ系 民族の台頭
・中央アジアのオアシス都市を結ぶ交易路ははじめa イラン系 住民が多かった。
▲トルコ系民族の活動(中国の歴史書に現れるもの)
 前1世紀  丁零  匈奴の衰退に乗じてモンゴル高原に自立。
  → その後身が、 高車 。ジュンガル盆地に建国。柔然と抗争。
(5世紀頃から、トルコ系を総称して「 鉄勒 」と言われるようになる)
 突厥  6世紀 モンゴル高原から中央アジア一帯、西アジアに遊牧帝国を建設。
テュルク(トルコ)を音訳し、中国の史書にこのように現れる。
・553年 柔然を倒しモンゴル高原に建国。中国の北朝の混乱に乗じて台頭。
  → さらにトルキスタンから西方に進出、ササン朝と協力し、a エフタル を滅ぼす。
・583年 隋に圧迫され、東西分裂。
 b 東突厥  c 唐 の建国を支援。その後は抗争し、630年滅亡。
 d 西突厥  トルキスタン一帯を支配。7世紀に唐に制圧される。
・8世紀 東突厥、再建される。e 突厥文字 を用いる(オルホン碑文)。
 → 中央アジアのオアシス都市を結ぶ東西交易路でイラン系住民のトルコ化が進む。
 ウィグル   同じトルコ系氏族。モンゴル高原中央アジア一帯を支配。
→a ソグド商人 と協力し遊牧・オアシス国家を建設。
  b 安史の乱 では唐に協力。その後、唐を圧迫する。
・9世紀中頃 ▲c キルギス (同じくトルコ系)に滅ぼされる。→ 
 亡命したウイグル人の一部は西方のトルキスタンに移住し定住する。
 →▲ 西ウイグル王国 (9世紀後半~13世紀末) トルコ系民族の定住進む。
 → d 中央アジアのトルコ化 が急速に進む。
 → さらに圧迫された別のトルコ系民族が西方への移動を開始し、
   カラ=ハン朝、セルジューク朝の成立をもたらす。(第5章2節へ)
・▲その他のトルコ系国家
  カスピ海北岸の ハザール=カガン国  バルカン半島の ブルガール人 など。 
イ.トルキスタンの成立    
 トルキスタン   9世紀 トルコ人の中央アジア定住にともないって成立した地名。

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意味 a ペルシア語でトルコ人の地域    中央アジアのパミール高原で東西に分ける。
・b 西トルキスタン (パミールの西):イラン系c ソグド人 が東西貿易に活躍。
  =d ゾロアスター教 を信仰。中心地 ソグディアナ 地方の▲e サマルカンド 
・f 東トルキスタン (パミールの東):タリム盆地のトルコ系g ウイグル人 など。
  =h マニ教 ・i 仏教 を信仰。
ウ.トルコ人とイスラームの出あい
 タラス河畔の戦い   8世紀初め以来、イスラーム勢力がトルキスタン地方に進出。
751年 アッバース朝、a 唐 軍を破る。
 →b 製紙法 が中国から伝わる。
 → ムスリム商人の活動が活発になり、彼らとトルコ人、イラン人の接触が始まる。
 → c トルコのイスラーム化 が始まる。
9世紀ごろ、アラル海方面に進出したトルコ人がはじめてイスラーム化する。
 サーマーン朝   9~10世紀 中央アジア最初のa イラン系 のイスラーム王朝。
アッバース朝から独立し、西トルキスタンに建国。▲都はb ブハラ 
 → イスラーム医学を大成したc イブン=シーナー などが活躍。イラン=イスラーム文化創出。
・トルコ系の改宗も進む。
▲トルコ人を軍人奴隷c マムルーク として利用することが始まる。
 カラ=ハン朝   10~12世紀 最初のa トルコ系 のイスラーム王朝。
東西トルキスタンをあわせて支配。都はベラサグン。カシュガルなどが副都。
 → 中央アジアのイスラム化が決定的となる。
1075年頃、b カシュガリー がアラビア語による『トルコ語辞典』を編纂。
※イスラーム化したトルコ系民族、その後も西方への移住を続け、西アジアの中心部に
 セルジューク朝・オスマン帝国を樹立する。


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