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メンデル

ブルノの修道院院長。エンドウ豆の交配実験を続け1865年、遺伝についてのメンデルの法則を発表した。

メンデル Gregor Johann Mendel(1822-84) は、19世紀当時、オーストリア領であったシュレジェン(現在チェコ領)の貧しい農家に生まれ、学校卒業後、ブルノの修道院に入り、司祭となった。ウィーン大学の聴講生として物理学・博物学を学んだが学者の道は閉ざされていたので、ブルノの修道院に戻り、司祭兼工科学校講師として暮らしながら、修道院の裏庭でエンドウ豆を栽培し続け、交配の実験をくりかえして遺伝の法則を発見し、1865年に発表した。しかし、その論文は学会や世間に知られることなく、彼はブルノの修道院長として病没した。1900年になってオランダの学者によってメンデルの研究が評価され、彼の発見した遺伝の法則は「メンデルの法則」として世に知られることとなった。
出題 青山学院大学 経営学部 2009年 第2問 次の記述に該当する人物の人名と、その発明・発見が行われた世紀を答えなさい。(原題は選択)
「修道院に身を置きつつ植物学の研究を続け、エンドゥ豆の交配実験を通じて遺伝の法則性を発見した。」
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第12章4節 ウ.科学・技術と市民生活