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鄭氏台湾

17世紀後半、明の遺臣の鄭成功一族が支配した時代の台湾。1683年、康煕帝に征服されるまで存続した。

 台湾には1624年、オランダがゼーランディア城を築いて根拠地としていたが、1661年明の遺臣鄭成功清朝の降服勧告を拒絶して台湾を攻略した。それ以後鄭成功の反清運動の拠点となった。
 宋代以来、多数の漢人が主に台湾西部に入植していたが、東部には原始林と原野が広がっており原住民の抵抗が続いた。しかし鄭氏三代の統治の間に開拓と漢文化の導入が図られ、砂糖などの生産も増大して漢化が進んだ。その後、三藩の乱に呼応した鄭経は中国本土に出撃するが、乱は鎮圧され、台湾に戻って死んだ。次にその子が継承したが鄭氏一族間に内紛が生じたため鄭氏の台湾支配は弱体化し、それを機に康煕帝は台湾に遠征軍を送り、1683年に征服され、清朝の領土となる。台湾が中国の領土となったのはこれが最初である。<戴國煇『台湾-人間・歴史・心性-』1988 岩波新書>
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7章2節 ア.清代の統治