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藩部

清朝が征服地とした新たな領土を支配するための機構。中央では理藩院が統括した。

 清朝は、中国本土と満州以外の地の、モンゴル人青海チベット新疆(ウイグル)を藩部とし、中央官庁として理藩院をもうけて統治した。清朝は藩部の統治にあたっては、現地の伝統的文化の維持、現地首長を通じた政治などの懐柔策を採った。

清朝の藩部支配の特徴

:「清朝は「因其教不改其俗」(伝統の継承を認め、慣習を変えない)という原則の下で、意図的に現地民族社会の文化伝統を維持させた。そして、現地民族集団の有力者を用いた間接統治の方法を導入し、伝統的社会と政治構造を維持させた。清朝皇族とモンゴル王公との政略結婚が制度化され、モンゴル地域における部族首領を行政の首長とする「ジャサク制」、チベットにおけるダライ=ラマを首領とする「政教一致」、ウイグル族の居住地域における地元の有力者を行政の首長とする「ベク制」などはそれであった。」<王柯『多民族国家 中国』岩波新書 2005 p.35-36>
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7章2節 イ.清朝支配の拡大