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地丁銀

清の康煕帝に始まる人頭税を地税に繰り込み銀納する税制。

 代の康煕帝のときから行われるようになった税制で、丁税(丁銀=人頭税)を地税(地銀=土地税)に繰り込んで納入すること。明代の一条鞭法で課税は地銀(土地税)と丁銀(人頭税)の二本立てでいずれも銀納と言う形態となり、清代もそれを継承したが、産業の発展とともに人口(丁数)が増加したため、人頭税課税が煩雑となり困難になってきていた。そこで1711年、前年の壮丁男子の人口を定数とし、それ以後の増加人丁は丁銀(人頭税)を課税しないという盛世慈世人丁とした。それが広東省で実施された1715年から、丁銀は地銀に組み込まれて納税することとなり、それを地丁銀制という。この制度は、次の雍正帝時代に全中国に広まり、乾隆帝時代までに全国に広がった。盛世滋生人丁と地丁銀によって人頭税が廃止された結果、中国では急激に人口が増大する。

地丁銀制の意義

 明の一条鞭法で現物納と労役(徭役)が無くなって銀納に一本化されたのに続き、地丁銀制では従来の人頭税を無くして地税に一本化したことが重要であり、中国の税制上の画期的な変革となった。 → 
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7章2節 エ.清代の社会と文化