印刷 | 通常画面に戻る |

ウルグ=ベク

ティムール朝第4代君主。サマルカンドにトルコ=イスラーム文化が開花した。


ウルグ=ベクの天文台の復元模型
タシケントのウズベキスタン歴史博物館にて
 ティムール朝第4代の君主(在位1447~49年)。ティムールの孫に当たる。父のシャー=ルフヘラート(現在はアフガニスタン)で帝国を統治し、その子ウルグ=ベクは太守としてサマルカンドを治めた。学問、芸術を奨励したことで知られ、特にサマルカンドに天文台を建設したことは有名。彼の天文台では高度な観測が行われ、みずからも天体観測を行い、それをもとに作られた『キュレゲン天文表』はアラビア語やトルコ語に翻訳され、イスラーム世界に広く用いられた。この時代の文化はトルコ系民族の文化とイスラーム文化が融合したトルコ=イスラーム文化といわれている。
 しかし、ウルグ=ベクの天文学研究やマドラサにおける男女の教育の実施などは、ブハラをはじめとする聖職者層からはイスラームの教えに反するものという反発が強くなった。また、父シャー=ルフの死後は、ヘラートの支配権をめぐって争いが生じ、我が子アブドゥル=リャティフと争って、1449年に暗殺されてしまった。

ウルグ=ベクの天文台

 ウルグ=ベクはカジ=デザ=ルーミーという当時最高の天文学者を招き、天文台をつくり、自ら世界的な正確さを誇る天文表を作成した。サマルカンドには、当時の天文台の一部であった巨大な六分儀の跡が残っており、1908年ロシアの考古学者V.ヴャトキンによって発掘された。最近、ウズベキスタンの独立とともに、国民的英雄としてのウルグ=ベク賛美が盛んになり、天文台跡の整備工事が進められている。<加藤九祚『中央アジア歴史群像』1995 岩波新書>
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
7章3節 トルコ・イラン世界の展開