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インディアス

大航海時代以前のヨーロッパ人がインド以東を指した地理的概念。

 インディアスという言葉は「インド」そのものを指すのではない。コロンブスが到達したと信じた「インド」は現在のインドのことではなく、「インディアス」のことである。またその地の住民をインディオと言った。
 インディアスとは、いわばインド以東の東アジア全体に対して与えられた地名で、ラス=インディアスのことである。現在のインドはそのインディアスの一部にすぎない。おおよそガンジス川外のインディア、ガンジス川内のインディア、上インディア、南インディア、インディアなどの地域区分から成り立っていた。コロンブスの時代のインディアスの形状は、アラビアあたりまではだいたい正しく認識されていたが、東の方になると、インド半島がごく小さな突起として描かれており、その先端にタプロバーナというおそらくセイロン島と思われる島があり、その東には黄金の岬という半島が大陸から南に突き出ており、マライ半島かといわれる。その東はシヌス・マグヌス(大きな湾)と名づけられ、その東側に大きな半島があってそれがインディアス大半島であり、上インディア、中央インディア、南インディアに分けられ、半島の付け根の大陸の北にあるのがカタイ、南にあるのがマンギである。マンギの東の海上に無数の島々があり、その中の最大の島がいわゆるシパンゴ、日本であった。その南の島々には大ジャワ、小ジャワなどの島々が存在するとされていた。 → インディアン

コロンブスの目的地

 コロンブスは、現在いうインドに行こうとしたのではなかった。現在のインドは「ガンジス川内のインディア」というインディアスの一部でしかない。彼が目指したのは「インディアス」陸塊の東にあるインディアス大半島であった。その東端にはシパンゴ、つまり日本があると考えていた。彼が大洋横断の基点をカナリア諸島におき、そこから北緯28°にそってほぼ真西に進んだのは、当時、マルコ=ポーロのいう黄金のシパンゴ島は北緯5°から35°の間に伸びていると考えられていたからであった。<増田義郎『コロンブス』岩波新書 p.79-91>
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増田義郎
『コロンブス』
1979年 岩波新書