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モンテスキュー

18世紀前半のフランス啓蒙思想を代表する思想家。『法の精神』を著す。

 フランス啓蒙思想の代表的思想家モンテスキュー Montesquieu 1689-1755 はボルドー地方の軍人の家に生まれ、ボルドー大学で法律を学んだ。1708年、ボルドー高等法院の判事となり、院長を務めた。1721年に匿名で発表した『ペルシア人からの手紙』でフランスの封建社会、絶対王政を批判し、啓蒙思想家として活動するようになった。翌年からパリに出て、サロンに出入りしながら思索を深めていった。アカデミーフランセーズ会員となって、28年から31年にはイギリスに滞在、その立憲君主政下の議会政治を直接見聞した。ボルドーに帰郷後、1734年には『ローマ人盛衰原因論』を発表し、ローマ史に託して国家や政治のあり方を批判するという新しいスタイルで論じた。その後は著作に専念し、1748年にその代表的な著作である『法の精神』を発表した。その書において、イギリス議会制度を範としながらロックの社会契約説を継承し、さらに具体的な権力の分散を三権分立論として展開し、後のアメリカ合衆国憲法やフランス革命の理念に大きな影響を与え、さらに近代国家であまねく採用される統治理念とされている。  
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ノートの参照
9章3節 イ.啓蒙思想