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ザンド朝

ゼンド朝とも言う。1750年成立した、700年ぶりにイラン人がイランを支配した王朝。

18世紀中頃のイランで、アフシャール朝のナーディル=シャーが1747年に殺されると、部族間の争いが再び激しくなった。南部の都市シーラーズではキャリーム(カリム)=ハーン=ザンドが支配権を握ぎり、1750年にイラン全土を平定しザンド朝を建てた。この王朝は、モンゴルやトルコ民族の支配を受けていたイラン人が700年ぶりにイランの支配権を回復した王朝であった。ザンド朝は貿易や農業の振興を図り一時繁栄を取り戻したが、1779年キャリーム=ハーンが亡くなると、その人質となっていたトルコ系カージャール族のアーガー=ムハンマドが自立してカージャール朝を立て、86年にはテヘランに都を置いた。ザンド朝の最後の王ルトゥヒー=アリー=ハーンはイスファハーンを追われ、ケルマーンに逃亡したが、アーガー=ムハンマドに捕らえられ、その地の男子2万人と共に目を潰されたといわれている。<宮田律『物語イランの歴史』2002 中公新書 p.99>
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ノートの参照
第13章1節 エ.イラン・アフガニスタンの動向
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宮田律
『物語イランの歴史』
2002 中公新書