印刷 | 通常画面に戻る |

ハーディング

アメリカ合衆国、1920年代初頭の第29代大統領。ワシントン会議の提唱した。

 アメリカ合衆国大統領で共和党。在職1921~23年。第一次世界大戦後の1920年の大統領選挙で、「アメリカがいま必要としているのは英雄的行為ではなく療養である。特効薬ではなくて常態である。革命ではなく復興である。」という、いわゆる”常態への復帰”をかかげ、ウィルソンの後継の民主党候補コックスを大差で破り当選した。20年代のアメリカ経済繁栄期、3代続く共和党大統領の最初となった。外交面では1921年、ワシントン会議を提唱し、主催したことで、国際協調外交に功績があったとされるが、内政では見るべきものは無く、23年に任期途中で急死した。その死後、私生活でのスキャンダル、取り巻き連中の不正事件が発覚し、人気を落とした。

Episode ハーディングの変死とスキャンダル

 ハーディング大統領は、アラスカ訪問からの帰途、列車中で倒れ1923年8月2日にサンフランシスコで死んだ。食中毒で倒れ、死因は脳卒中と発表された。現職の大統領の急死に国民は驚き、国中が深い悲しみに沈んだ。しかし、その後、大統領周辺から贈収賄や女性問題などのスキャンダルが暴露されると、その死因にも疑いの目が向けられることとなった。大統領は毒を飲んで自殺したのだという噂や、夫人に毒殺されたのだという説まで出た。噂によると夫人は大統領に私生児があることを知って嫉妬に駆られ、また取り巻きのギャングとの不正事件が遅からず暴露されることを恐れ、「死だけが彼を汚名から救うことが出来る」と考えたのだという。<F.L.アレン/藤久ミネ訳『オンリー・イエスタディ』1932 ちくま文庫 p.183-185>
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第15章2節 ア.ヴェルサイユ体制とワシントン体制
書籍案内

F.L.アレン/藤久ミネ訳
『オンリー・イエスタディ』
1932 ちくま文庫