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ラジオ

1920年代アメリカに始まった新しい大衆伝達手段。

 アメリカ合衆国の1920年代大量生産・大量消費経済の繁栄を背景とした、現代大衆文化を代表する発明。1920年のピッツバークでラジオ局の放送が開始され、20年代に新しい情報・娯楽器具として急速に普及した。
(引用)最初のラジオ局は、イースト・ピッツバークに1920年11月2日(この日付はいずれ子どもたちが学校で習わねばならなくなるだろう)、ハーディングとコックスの大統領選挙の開票速報を伝えるために開局した。ウェスティウングハウス電機会社が経営するKDKA局がこれである。しかし、このコミュニケーションと大衆娯楽の新革命は、しばらくのあいだは、ゆっくりとしか進行しなかった。聴取者はほとんどいなかった。アマチュア無線家は彼らの重要な仕事(無線交信)の邪魔になるという理由で、ウェスティングハウス局の音楽放送 -ほとんどはレコード音楽- に反対を唱えた。そこでレコードのかわりに本もののオーケストラを使ってみると、演奏は部屋の反響によって音響効果がめちゃくちゃになった。オーケストラを戸外 -屋上にテントを張ったなかで演奏させたところ、今度はテントが吹き飛んだ。そこで、次にはテントを広い部屋のなかに張ってみた。後にどこのスタジオでも当たり前になったが、壁に布を垂らすことで音を適当に吸収させることが発見されたのは、ようやくこの時である。・・・・・・1921年から22年にかけての冬- 人びとはラジオについて一挙に覚醒した。人びとはもう無線電話ではなくて、ラジオについて語り合っていた。当時、サンフランシスコのある新聞は、数百万の人びとが何気なくやっているこの新発見についてこう書いた。”毎晩、どこでも、ラジオの音楽放送が聞こえるようになった。一時間もあれば子どもでさえも据え付けられる受信セットで、誰でもが家庭で音楽を楽しむことができる”。2月にはハーディング大統領も書斎に受信機を取り付けさせた。・・・・<F.L.アレン/藤久ミネ訳『オンリー・イエスタディ』1932 ちくま文庫 p.111-113>
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ノートの参照
第15章2節 カ.アメリカ合衆国の繁栄
書籍案内

F.L.アレン/藤久ミネ訳
『オンリー・イエスタディ』
1993 ちくま文庫