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社会保障法(アメリカ)

アメリカのF=ローズヴェルト大統領がニューディール政策の一環として1935年に制定した失業保険、年金制度などを定めた法。

 フランクリン=ローズヴェルト大統領のニューディール政策の後半、1935年に制定されたアメリカ合衆国が福祉政策に転換を図った立法。失業保険・退職金制度・年金制度などが整備され、遅れていたアメリカの福祉国家への転換を用意する立法となった。
 ニュー=ディール政策開始に伴い、物価は上昇したが賃金の上昇を上回っていたため、失業者・高齢者・障害者など社会的弱者の生活困窮は続いていた。それに対して、ルイジアナ州知事ヒューイ=ロングの「富の再分配」運動、コグリン神父の「社会正義全国連盟」、タウンゼンド博士の老齢年金運動など、民間から社会保障制度の充実を要求する運動が強まり、その圧力に応える形で社会保障法の制定が実現した。

アメリカの社会保障の欠陥

 しかし、ローズヴェルトは連邦財政の健全化に逆行することを避けるために慎重な対応に終始し、たとえば老齢年金は連邦の一般財源からの支出ではなく、企業と労働者の負担金から支出されることとなり、保険料率も原案の賃金の0.5%から1%に引き上げられた。老齢者・障害者・児童らに対する扶助、また失業保険は州の制度を連邦が補助するもので、すべての州で給付が始まったのは1939年からであった。また全国一律の健康保険を制度化することは出来なかった。アメリカ医師会と保険業界の反対が強いためであった。この欠陥はアメリカの社会保障制度の欠陥として現在も続いている。<秋元英一『世界大恐慌』1999 講談社学術文庫 p.225-227>
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ノートの参照
第15章4節 ア.世界恐慌とその影響