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第15章 二つの世界大戦

4 世界恐慌とファシズム諸国の侵略

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ア.世界恐慌とその影響
 世界恐慌   a 1929 年10月24日 アメリカ・ニューヨーク株式取引所のある
・b ウォール街 での株価の大暴落始まる。=c 暗黒の木曜日 と言われる。
   生産減少・停止 →商業・貿易の不振 →銀行・企業の倒産→ d 失業増大  
   国内購買力の低下 → さらに景気が低迷 という悪循環に陥る。
 → ヨーロッパ諸国・アジアにも波及。
・恐慌がアメリカで起こった背景
  世界的e 農業不況  → アメリカの農業部門の生産過剰(農業恐慌)
  各国の高率関税政策による貿易不振 → 工業製品のf 生産過剰 
  世界の余剰資金のアメリカへの集中 → 土地・株式へのg 過剰な投機 
・とりまく状況:アジア民族資本の成長・ヨーロッパ農業の復興・社会主義圏の成立
・h フーヴァー 大統領(共和党)の対策
 銀行の救済、公共事業の拡大などを行うが、基本的には市場原理を優先して政府介入を避ける。
 財政面では均衡財政をめざし、支出削減・増税を打ち出す。
 1930年 i スムート=ホーレー法 制定。国内産業保護のため高関税政策に転じる。
  → 各国も対抗して高関税策をとり、世界貿易が減少して恐慌がさらに深刻化する。 

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B.恐慌の波及
・世界経済・金融の中心であるアメリカでの恐慌 → ヨーロッパからのアメリカ資本の引き上げ
  → ヨーロッパ各国に恐慌が拡大。 
・1931年 a フーヴァー大統領 (共和党)のb フーヴァー・モラトリアム 
       ドイツの賠償金や旧連合国の対米戦時債務を1年間支払を猶予する。
  → 実施時期が遅すぎ、効果なし。
・国際協調の消滅 ← 各国が国内問題の対応に追われ、国際問題への関与が消極的になる。
 1932年 c ジュネーブ軍縮会議 まとまらず閉会。
  → 国際連盟の活動も低迷。
・d ファシズム の拡大(後出)
 ナチス=ドイツの台頭。
 日本では軍部による全体主義的な国家体制ができる。
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イ.ニューディールとブロック経済
 フランクリン=ローズヴェルト 大統領
・a 1933 年 b 民主党 から選出される。
・c ニューディール政策 ★を発表。
 = 積極的な経済介入、失業対策、公共事業の実施などのd 世界恐慌 脱却をはかる。
・金融政策:銀行倒産を「銀行休日」で乗り切る。
       グラス=スティーガル法 で金融と銀行の分離などの統制を強化。
・物価対策:e 農業調整法(AAA) 制定 農業の作付け制限し農産物価格を引き上げ。
       → 農家には生産者補償。

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・生産調整:f 全国産業復興法(NIRA) 制定
    各産業部門を政府が指導し、生産量や価格を調整する。同時に労働者の権利を保障。
    過剰生産を抑え、国内購買力回復するねらい。
    → 最高裁判所の違憲判決により中止となる。労働者保護政策を切り離して実施。
F=ローズヴェルト

A F=ローズヴェルト 大統領

・公共事業:g テネシー河域開発公社(TVA) :地域総合開発による失業の救済。雇用創出。
・為替政策:h 金本位制停止  海外との金取引を統制し、さらにドル平価を切り下げる。
    → 世界の通貨制度としての 金本位制 が崩壊し、管理通貨制度となる。
・社会政策:i ワグナー法 制定 労働者の団結権・団体交渉権を認める。
     → 労働運動の高揚
      1935年 j 産業別労働者組織委員会 (CIO)結成 → 38年k 産業別組合会議 結成。
     ▲l 社会保障法 :失業保険、老齢年金などを保障。(健康保険は実現されず)
 ★New Deal(新規まきなおし)
  意味:m 政府の経済に対する介入により、公共事業・社会保障などによる富の分配をはかる。 
  ねらい:n 過剰生産を抑制して物価下落を防ぎ、雇用をふやして国内購買力(内需)を拡大する。 
  ▲経済学上の理論付け イギリスの経済学者o ケインズ などの学説。
  = 従来の自由放任の経済政策ではなく、政府の財政政策によって完全雇用の実現を目ざす。
  →  修正資本主義 といわれ、戦後の1970年代までの経済学説の主流となる。
・外交政策:1933年 p ソ連を承認 。市場拡大のねらいと、日本・ドイツに対する牽制。
      中南米諸国とのq 善隣外交 政策 = 高圧的政策を改め、ドル経済圏に組み入れる。
      キューバのr プラット条項 を廃止。  フィリピン独立法 で10年後の独立を認める。
・孤立主義の維持:1935年 ▲s 中立法  交戦国への武器などの禁輸。以後何度か制定。
B イギリスの対策
・第2次a マクドナルド 内閣 b 失業保険を削減 。労働党から除名される。
・1931年 保守党などと連立しc マクドナルド挙国一致内閣 を組閣。
  → 財政削減、d 金本位制の停止 、保護貿易政策などをとる。
 1932年 e オタワ連邦会議 :イギリス連邦の経済会議。
  = 各自治領間の関税を下げ、他国に対しては高関税をかけるf スターリング=ブロック を結成。
 1935年 保守党政権成立以降、ナチス=ドイツに対する宥和政策をとる。(5節参照)
C フランスの対策  1932年 恐慌が波及。植民地にa フラン通貨圏 をきずく。
・1933年 ドイツのナチス政権成立 → 34年国粋主義者の暴動。 →左翼の危機感強まる。
・b 人民戦線 の結成。← 1935年のコミンテルン大会で採用される。(後出)
 1935年 c 仏ソ相互援助条約 締結。 同年、コミンテルンの方針転換(後出)
 1936年 社会党・急進社会党に共産党が協力し、d 人民戦線内閣 成立 首相e ブルム 
  = 意味:g ファシズムに対抗するため、共産党・社会党などの左翼勢力が連合すること 

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 ブロック経済 
・世界恐慌の脱却をはかるイギリスがa スターリング=ブロック を結成したのに始まり、
 フランスによるb フラン通貨圏(ブロック) 、アメリカによるドル=ブロックが結成された。
  意味:c 本国と植民地・勢力圏内で特恵的関税を設け、排他的な経済圏(ブロック)とする。 
  影響:d 自由な貿易が減少し、生産が減少し失業者を増大させるなど逆に経済を悪化させた。 
   → 経済ブロックを持てないドイツ、イタリア、日本※が武力侵略による勢力圏拡大に走った。
     ※日本の「大東亜共栄圏」もその一つといえる。
・帝国主義諸国の中の「持てる国」はブロック経済の結成に向かい、「持たざる国」がそれに反発、
 さらに割り込もうとして侵略を開始し、その対立が第二次世界大戦の原因となった。
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ウ.満州事変・日中戦争と中国の抵抗
A 日本経済の行き詰まり 世界大戦中のa 大戦景気  →1923年頃からb 戦後不況 
 → 貿易の不調・農村の疲弊、小作争議・労働運動の活発化 → 反動として軍国主義への傾斜
・1927年 d 金融恐慌 :震災手形の処理問題から、銀行・会社の倒産起こる。
  → 軍部・財閥、満州権益の拡大を求める。
  → 蒋介石のe 北伐 に対抗しf 山東出兵 を行う(27~28年)。
 1928年 関東軍によるg 張作霖爆殺事件 
・1929年 h 世界恐慌 の影響:政党政治が十分な対策をたてず、国民の不信強まる。
  → 旧奉天軍閥のi 張学良 が南満州鉄道に並行して鉄道建設を開始したことに危機感を強める。
 満州事変 
・1931年9月18日 a 関東軍 が奉天近郊のb 柳条湖 でc 南満州鉄道 を爆破、
         さらに東三省を占領。→ 日本と中国のd 十五年戦争 始まる。
 1932年1月 e 上海事変 :日本人殺害事件を口実に日本が上海を攻撃。
  同  年3月 f 満州国 建国:清朝最後の皇帝g 溥儀 を執政(後に皇帝)とする。
   = 日本軍(a 関東軍 )が実質的に支配する傀儡国家。
   → 同年9月 日満議定書締結。日本権益の承認、日本軍の駐屯、日本人の官吏任用など。
  同  年 日本でh 五・一五事件 起きる。青年将校ら、満州国建設に消極的な犬養毅首相を暗殺。
 1933年2月 関東軍、熱河占領。5月、長城線を超えて北京に迫る。
  同  年5月  塘沽停戦協定 :日本軍と国民政府軍、停戦。
   → 国民政府、事実上f 満州国 を認める。
 国際連盟脱退  中国、国際連盟に日本の侵略行為を提訴。
・国際連盟 a リットン調査団 を派遣して調査。 → 日本は自衛権の行使と主張。
・1933年 国際連盟、日本に満州国の承認を取り消す勧告を可決。 → 日本、C 国際連盟脱退 
 1934年 日本、b ワシントン海軍軍備制限条約 を破棄。さらに36年、ロンドン軍縮会議脱退。
 1935年 日本軍、防共の名目で内モンゴル・華北に侵攻し、 華北分離工作 を進める。
  → 傀儡政権のc 冀東防共自治政府 を樹立。→ 中国の抗日運動激化( 十二・九事件 )。
・1936年 日本でd 二・二六事件 :青年将校のクーデター失敗を機に軍部の政治支配強まる。
  同  年11月 e 日独防共協定 成立。→ 全体主義国家間の結びつき強まる。

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・抗日民族戦線の成立と日中戦争
 国共の内戦 
 国民党a 蒋介石 、日本への抵抗より共産党との内戦を重視(安内攘外)し攻勢強める。
・1934年 国民政府軍、瑞金の中華ソヴィエト政府を攻撃占領。
  → 共産党はb 長征 (大西遷)を行う。1万kmに及ぶ行軍を続ける。
    途中、c 遵義会議 でd 毛沢東 が親ソ派を批判し、指導力を強める。
  → 1937年 共産党、陜西省e 延安 を根拠地とする。
・1935年 国民政府のf 通貨統一 :、米・英の援助で金融的な全国の統一を図る。
   従来は銀を基本とし紙幣は各銀行が発行していたので統一的でなく不安定だった。
   銀貨を禁止し、政府系の4大銀行の発行する銀行券をのみを法定通貨(法幣)とする。
    = ポンドと連動させて安定を図った。
  → 地方軍閥を弱体化させ、国民政府による中国統一が進む。
毛沢東と朱徳

延安でのd 毛沢東 (左)

 民族統一戦線の形成  国民党と共産党の一致した抗日運動を望む声が強まる。
・1935年 中国共産党 a 八・一宣言 、内戦停止とb 抗日民族統一戦線 を呼びかける。
・1936年 c 西安事件 :共産党軍討伐のため西安にいた旧奉天軍閥のd 張学良 が、
       督励に来たe 蒋介石 を軟禁し、内戦停止・一致抗日をせまる。
  → 国民党e 蒋介石 、中国共産党のf 周恩来 との会談に応じ、提携約束。
 日中戦争 
・1937年7月7日 a 盧溝橋事件 :北京郊外で日中両軍が衝突、全面戦争に突入。
 → 日本軍、華北侵攻。(宣戦布告をしなかったため、日本側はb 支那事変 と言った。)
補足:日本が宣戦布告しなかった理由
・1937年9月 e 第2次国共合作 成立。 → 抗日民族統一戦線の再興。
  → 紅軍は、f 八路軍・新四軍 として国民革命軍の指揮下に入り共同で抗戦を開始。
  同  年11月 日本軍、上海占領。

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・ 同  年12月 日本軍、南京を占領。h 南京虐殺事件 が起き、国際的非難強まる。
  → 国民政府、武漢に根拠地を移し、さらにi 重慶 に遷都。
・1938年1月 日本政府(近衛内閣)、「国民政府を相手にせず」と声明。
  同  年10月 日本軍、武漢三鎮・広州を占領。
  → 重要都市とそれを結ぶ交通路の確保に止まる。日中戦争、長期化。
D 世界大戦への転換
・1939年5月 ▲a ノモンハン事件  満州国とモンゴルの国境で日本軍とソ連軍が衝突。
  同  年7月 アメリカが、▲b 日米通商航海条約の破棄 を日本に通告。
   → 日本への物資輸出をストップ。 → 日本の南進論固まる。
  同  年9月 ドイツ軍、ポーランド侵攻、第2次大戦始まる。
・1940年 日本政府(近衛内閣)、c 東亜新秩序 建設を掲げる。
  同  年3月 重慶を脱出した国民党のd 汪兆銘 、南京に親日政権を樹立(南京政府)。
・中国の動き
 1937年 ソ連は中国との 中ソ不可侵条約 締結。
 e 援蒋ルート :重慶の国民政府に対するイギリス・アメリカなどによる支援が活発になる。
  → ▲1941年5月~8月 日本軍によるf 重慶爆撃 行われる。(都市型無差別空爆)
・共産党軍は、延安を拠点に日本軍、国民政府軍とのゲリラ的戦闘を続ける。
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エ.ナチス=ドイツの成立とヴェルサイユ体制の破壊
 ナチスの形成  1920年 a 国民(国家)社会主義ドイツ労働者党 結成。
・略称がb ナチ党 、その党員や支持者をc ナチス 、その思想をd ナチズム という。
・党首 e ヒトラー :オーストリア生まれ、第一次大戦に従軍、戦後にb ナチ党 に入党。
 1923年 f ミュンヘン一揆 失敗、獄中でg 『我が闘争』 を執筆。25年に党再建。
 1929年 h 世界恐慌 → アメリカに依存したドイツ経済、打撃を受け社会不安強まる。
  → 1930年 b ナチ党 とi ドイツ共産党 が議会に進出。政情不安が深刻になる。
・主張:ドイツ民族の優秀性を強調しj ユダヤ人排斥 を主張。
    k ヴェルサイユ条約 の破棄。反マルクス主義と反資本主義を唱える。
・政策:不労所得の廃止、トラストの国有化などを社会主義的な面があった。
・支持基盤:
 l ヴァイマル共和国 のもとでマルクス主義、共産主義の進出を恐れる産業界・軍部。
 m 大衆宣伝 を展開、都市の中産階級(n 中間層 )、農民に支持ひろがる。
ヒトラーのポスター

1932年のナチスの
選挙ポスター

B ナチス政権の成立 失業率44.4%の中、a 1932年総選挙 で第1党に進出。

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・1933年1月 b ヒンデンブルク 大統領が任命し、c ヒトラー内閣 が成立。
  同  年2月 d 国会議事堂放火事件 を口実にe 共産党 を非合法化する。
  同  年3月 f 全権委任法(授権法) :ナチ党のg 一党独裁 を実現。
 → ヴァイマル憲法無視。反対したh 社会民主党 も活動を禁止される。他の政党も解散。
 ナチス=ドイツ   1934年 a ヒンデンブルク 大統領死去。
・1934年 b ヒトラー はc 総統 となる。=大統領と首相の権限を併せ持つ地位。
  =C ナチス=ドイツ の成立。 → d ドイツ第三帝国 と称する。
  → ナチ党のその他の主要メンバー: ゲーリング ゲッベルス (宣伝担当)、 ヘス など。
・国内体制
 e 突撃隊(SA) :21年、 レーム が創設した大衆的武装テロ組織。国防軍と並び強大化。
  → ヒトラーおよび国防軍と対立し、1934年7月レームが射殺され解体。
 f 親衛隊(SS) :25年、はじめSA内に、ヒトラー個人の護衛のため創設された。
  → 29年に ヒムラー が隊長となり、警察権を持ち、強制収容所を運営した。
 g 秘密警察(ゲシュタポ) :SSび支配下にあり、ゲーリングらが運営。
   ヒトラー=ユーゲント :14~18歳の少年団。36年より強制加入によりナチ教育を徹底。
・反対派弾圧:h ユダヤ人 、▲i ロマ (ジプシー)、障害者などへの弾圧。
  →j アインシュタイン 、k トーマス=マン など多数が亡命。
 1935年 ▲l ニュルンベルク法  ユダヤ人の公民権を停止。
  → 1938年  「水晶の夜」 の迫害。
・経済政策 = 戦争経済体制の確立を目ざす。
 1936年から m 四ヵ年計画 :軍需工業の拡張、道路・飛行場などの建設に失業者を吸収。
 n アウトバーン の建設 : 全国土を結ぶ自動車専用道路。
  → 失業者を減らす、大衆娯楽に配慮するなど、国民の支持を受ける。
 ヴェルサイユ体制の破壊 
・1933年 a 国際連盟 を脱退:軍備の平等を主張。
 1935年 住民投票によってb ザール地方 を編入。
  同  年 c 徴兵制 の復活とd 再軍備の宣言 
   → イギリス、フランス、イタリアが▲e ストレーザ戦線 を結成して対抗。具体的動き無し。
     フランスはf 仏ソ相互援助条約 を結成。
     イギリスは別に、g 英独海軍協定 を結び、ドイツの海軍力保有(35%)を認める。
 1936年 ドイツ、f 仏ソ相互援助条約 を理由に、h ロカルノ条約 を破棄。
  同  年3月 ドイツ軍、i ラインラント進駐 
補足:ファシズムによるスポーツの利用
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オ.ソ連の五カ年計画とスターリン体制
 スターリン体制  1928年~ 第1次五カ年計画 資本主義世界の世界恐慌の時期

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・a 個人崇拝 強まる。
  → 反対派の逮捕、処刑が続く(b 粛清 )。150万~300万が犠牲となったと推定。
・1933年 c 第2次五カ年計画  重工業部門と軽工業部門での生産増加をめざす。
  → 消費財生産にも配慮する。→ 第2次大戦の勃発で重工業、軍需工業優先に変換。
・1936年 d スターリン憲法 公布。
  内容 第2次五カ年計画の成功=工業化の達成を社会主義体制の完成と自賛する。
     18歳以上の男女による秘密選挙だが候補者推薦制がとられた。
   → e 共産党の一党支配 体制続く。
B 反ファシズムへの転換 1933年 a アメリカ がソ連承認。
・1934年 b 国際連盟 加盟。
 1935年 c コミンテルン第7回大会  d 反ファシズム人民戦線 路線に方向転換。
   → その具体例:e フランス、スペインの人民戦線内閣、第2次国共合作などがあげあれる。
  同  年 ドイツの侵略に備えf 仏ソ相互援助条約 を締結。
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カ.ファシズム諸国の攻勢と枢軸の形成
A イタリアの エチオピア併合 
 世界恐慌の影響が及びa ムッソリーニ が統制経済を強め、対外侵略をはかる。
・1935年 b エチオピア併合 をめざし出兵。
  → 国際連盟、イタリアを侵略国と認め、経済制裁を議決 → 徹底されず威信低下。
  → 36年 全土を征服。イタリア、国際的に孤立しナチス=ドイツに接近。
・1936年3月 ドイツ、c ロカルノ条約 破棄、d ラインラント進駐 を強行。
 スペイン革命 
・ブルボン王朝のもと、1923年よりプリモ=デ=リベラによる独裁政治が続く。
  → 世界恐慌の影響が及び、国民の不安がひろがり、共和政の要求が強まる。
・1931年 総選挙で共和派が勝利。ブルボン朝の王政が倒れ、共和政樹立。
  → 国王亡命し、王政終わる。12月、共和政憲法制定。
  → 土地改革などが不十分で、教会・地主などの保守勢力が残りa ファシズム が台頭。
 スペイン内戦 
・1936年2月 選挙でa 人民戦線派 が勝利、反ファシズム政府ができる。大統領アサーニャ
  → 右派のb フランコ 将軍、モロッコで武装反乱、本土に侵攻。7月 全土で内戦となる。

     ┌ a 共和派・共産党・労働者・アナキスト など人民戦線政府軍
  内戦 ┤
     └ b 旧王党派・地主層の支持する軍部・右翼 からなるフランコ軍
・各国の対応
 c ソ連 は人民政府を支援。
 d イギリス・フランス は不干渉政策をとる。
 e ドイツ・イタリア はフランコ軍を直接支援。国際的な紛争に拡大。
  → 10月、両国はf ベルリン=ローマ枢軸 を結成。
 c ソ連 が共産党以外の勢力を弾圧したため人民戦線内部で対立し混乱。
 意義:g ファシズム対人民戦線の戦い。第二次世界大戦の前哨戦となった。 
・人民戦線支援のh 国際義勇軍 :世界各国から反ファシズムの義勇兵が集まる。
  アメリカ・i ヘミングウェー  イギリス・j ジョージ=オーウェル 
  フランス・k アンドレ=マルロー など
 ★ピカソのl 「ゲルニカ」 の製作:ドイツ空軍による無差別爆撃を告発。
・1939年 マドリード陥落、m フランコ 軍が勝利し、人民戦線内閣倒れファランヘ党独裁へ。

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D ファシズム国家の提携 人民戦線や国際共産主義運動への対抗を掲げ、全体主義国家が接近。
・1936年 a 日独防共協定 を結ぶ。翌年、イタリアが参加→b 三国防共協定 
 1937年 c イタリア国際連盟脱退 、。→ ヴェルサイユ・ワシントン両体制への挑戦。
  意味:d 日本・ドイツ・イタリアの全体主義国家による三国枢軸の形成。
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ア.世界恐慌とその影響
イ.ニューディールとブロック経済
ウ.満州事変・日中戦争と中国の抵抗
エ.ナチス=ドイツの成立とヴェルサイユ体制の破壊
オ.ソ連の五カ年計画とスターリン体制
カ.ファシズム諸国の攻勢と枢軸の形成

目 次

序章 先史の世界

1章 オリエントと地中海世界

2章 アジア・アメリカの文明

3章 東アジア世界

4章 内陸アジア世界

5章 イスラーム世界

6章 ヨーロッパ世界の形成

7章 諸地域世界の交流

8章 アジア諸地域の繁栄

9章 近代ヨーロッパの成立

10章 ヨーロッパ主権国家体制

11章 欧米近代社会の形成

12章 欧米国民国家の形成

13章 アジア諸地域の動揺

14章 帝国主義と民族運動

15章 二つの世界大戦

16章 冷戦と第三世界の自立

17章 現代の世界