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ドイツ統一

1990年10月3日、東西ドイツの統一条約が発効し、第二次世界大戦後の国家分断が41年で終わり、統一が実現した。

 1990年8月、東ドイツ人民議会は長時間にわたる議論のすえ、東西ドイツ基本法二三条にもとづき、10月3日をもってドイツ連邦共和国(西ドイツ)に参加することを決議した。交渉の結果、全文四五カ条よりなる統一条約が8月31日に調印された。条約は統一の法的な枠組みを決めたもので、ドイツの首都はベルリンであるとしながら、将来の政府所在地はその後の決定にゆだねている。また、妊娠中絶の規制など、東西双方で合意がえられなかった問題も残された。 → 現在のドイツ

統一条約の発効

 1990年10月3日、統一条約が発効した。
「午前零時、ベルリンの国会議事堂まえは、この日を祝うために集まってきた人たちでごった返していた。分裂国家が生まれてから41年、統一がこのような形で実現しようとは誰が想像できただろうか。議事堂に集まった政治家も、前の広場で花火を打ち上げ、シャンパンのグラスをあげる市民も、多くの人々が涙をうかぺていた。コール首相は世界の国々へメッセージを送り、将来ドイツの土地から平和のみが生まれることを誓った。」
かつての東ドイツは再びメクレンブルク=フォアポンメルン、ブランデンブルク、ザクセン=アンハルト、ザクセン、チューリンゲンの五州に編成し直され、新しい連邦共和国の一部となった。<マーザー『現代ドイツ史入門』1995 講談社現代新書 p.193> 
 → 現在のドイツ連邦共和国 
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ノートの参照
第17章2節 イ.東欧社会主義圏の解体