ジョン=ボール
中世イギリスで起こった農民一揆ワット=タイラーの乱を指導した僧侶。
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ジャン・フロワサールの年代記の1470年頃の写本(大英図書館所蔵の)より。1381年のワット・タイラーの反乱軍を馬に乗った司祭ジョン・ボール(「ジェハ・ボール」)が鼓舞している。
ジョン=ボールの説教
当時の記録をもとにしたジョン=ボールの説教を復元すると、次のようになる。(引用)『皆の衆よ、イギリスでは、財産が共有にならない限り、また、農奴も殿様もなくなって皆が平等にならない限り、世の中がうまく行く道理はないし、また決してうまく行かないだろう。そもそもなぜ、わしらが領主と呼んでいる連中は、わしらよりえらい主人なのか? わしらは皆、ただ一人の父とただ一人の母、アダムとイヴから出ている。何を根拠にして彼等はわしらの上におさまって領主づらをしていられるのだ。その理由といえば、自分らの消費するものをわしらに耕し作らせるからというほかには無いではないか。彼等は天鵞絨を着、わしらは粗末なものを着ている。彼等には葡萄酒があり香料があり上等のパンがある。わしらには裸麦と糠と麦藁しかない。しかも水を飲んでいるのだ。彼等は善美を凝らした館で悠々と暮しているのに、わしらは畑にあって雨と風に曝されている。しかも彼等の生命の糧は、このわしらが耕してつくり出さなければならないのだ。・・・・さあ、行って王様に会おうではないか。王様は若い。わしらが農奴となって束縛されていることを、王様に陳情しよう。どうにかしてもらいたい、でなければわしらが自ら救済の道を講ずるから承知してもらいたいと、王様に申上げようではないか。』<アンドレ=モロワ『英国史』水野成夫・小林正訳 上 新潮文庫 p.245>