1635年、ブルボン朝の
ルイ13世のもとで宰相を務めていた
リシュリューが設立した学術機関から始まった。当初の目的は、「国語」としてのフランス語の統一と洗練という文化政策にあり、パリの文化人サークルを公認して学術機関としたものであった。フランス語辞典の編纂は1694年に終え、
ルイ14世に献呈された。
ルイ14世のもとで
コルベールもアカデミー=フランセーズに財政支出を行った。こうしてアカデミー=フランセーズは王室の管理下にあって、一流と認められた文学者が入会し、次第に文学以外の諸分野も学者も加えられて、学術の最高権威を持つ機関として存続することとなった。