近代ヨーロッパの成立
【問】次の文章を読み、問いに答えなさい。
ヨーロッパによるアメリカ大陸ならびにアジア航路の開拓は,世界の一体化を推し進め,地域間の交易活動を活性化させていった。(1)アメリカ大陸の銀は,大西洋岸の ( A )などの都市を経由してヨーロッパに流入し,(2)価格革命を引き起こした。また,メキシコで鋳遣された銀貨は,スベイン商人によって( B )から太平洋経由でマニラに送られ,東アジアや東南アジアに流入した。明代の中国には,日本からの銀も流入して貨幣経済が発達、(3)陶磁器や絹織物などの商品生産も活発化し,「湖広熟すれば天下足る」という俗諺が流行した。17世紀に入ると,中国の東北地方で北方交易を支配した( C )族が自立化して清となったが,東南地域では( D )が率いる武装商業勢力が清に抵抗を続けた。他方,ヨーロッパ各国は( E )を設立して,アジアへの進出を本格化させる。こうした交易活動を通じて,中国やインドの物産がヨーロッパにもたらされて消費文化に大きな影響を与える一方で、(4)アメリカ大陸の作物も中国に伝えられた。17世紀末になると,銀の枯渇,東アジアにおける明と清の王朝交代などの政治的不安定によって,さらにヨーロッパでは(5)インド洋オランダとイギリスの競争に端を発する胡椒の過剰供給と価格の大暴落が発生して,世界的に交易活動は停滞していった。
- 問1.
- 空欄A~Eに適当な語句を入れなさい。
- 問2.
- 下線部(1)について,(ア)現在のボリビア領にある銀山の名称を答えなさい。 (ィ)スペイン人の征服者は銀山開発のための労働力をどのように調達したのか。その歴史的変遷について説明しなさい。
- 問3.
- 下線部(2)について,価格革命がヨーロッパ社会に与えた影響を説明しなさい。
- 問4.
- 下線部(3)について,(ア)江西省にある陶磁器の産地,(ィ)絹織物の産地として有名な都市の名称をそれぞれ答えなさい。また,(ウ)この俗諺が意味する当時の経済的状況を簡潔に説明しなさい。
- 問5.
- 下線部(4)について,この時期に中国で栽培されるようになったアメリカ大陸からの輸入作物を2つ答えなさい。
- 問6.
- 下線部(5)について,アジアで両国が衝突した事件の名称を答えなさい。
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問1 | A | アントワープ | B | アカプルコ | C | 女真 | D | 鄭成功 | E | 東インド会社 |
問2 | ア | ポトシ銀山 | ||||||||
イ | インディオをキリスト教化する代償として強制的に労働させるエンコミエンダ制を採用したが、過酷な労働によってその人口が激減したためアフリカから黒人奴隷を輸入するようになった。 | |||||||||
問3 | 新大陸から流入した大量の銀が流通することによって商業活動が活発になったが、物価の上昇は固定地代に依存する封建領主を没落させたため、封建社会の崩壊が進んだ。 | |||||||||
問4 | ア | 景徳鎮 | イ | 蘇州 | ||||||
ウ | 穀物生産が盛んだった長江下流で綿織物・絹織物の手工業が発達し、耕地は綿花と桑の栽培に転換したため、穀物生産の中心地帯が長江中流の湖広地方に移った。 | |||||||||
問5 | トウモロコシ | |||||||||
問6 | アンボイナ事件 |
※別解:問1・A:アントウェルペン、セビリア 問5:サツマイモ
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