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直立二足歩行

他の動物と人類とを区別する、人類独自の能力。犬歯の消滅と共に、人類学上の人類の定義に必要な条件とされている。何故直立二足歩行したかについては諸説ある。

 人類はサル(チンパンジーやゴリラなど大型の類人猿)と同じ祖先から別れて進化し、その中で樹上生活から平地に下りて二足歩行をはじめた種から進化したと考えられる。化石人骨で直立していたかどうかの判定は、脊椎骨が延びる大後頭孔がどの位置に付いているか、によって行われる。四足歩行の動物では頭蓋骨の後部に孔があり、直立している人類の場合は、頭蓋骨の底部に孔がある。直立二足歩行していることと、犬歯が消滅していることがチンパンジーなどの類人猿と人類を分類する指針とされている。

なぜ直立二足歩行したか?

 樹上生活をしていた類人猿から地上に降り、直立二足歩行するようになったのは、現在では約700萬年前と考えられている。しかし、人類の祖先がなぜ、どのような経緯で平地に下りたのかはよく判っていない。かつては気候の寒冷化に伴って森林が減少したためというのが通説であったが、現在の古気象学上は否定されているようだ。樹上から下りてもはじめは四足歩行か、腕歩行だった彼らがなぜ二足歩行(直立)できたのか、これもまだよく判っていない。体重が重くなりすぎたからとか、氷や雪の上を歩くためやむなく立ったとか、草原で敵を早く発見するために立つようになった、あるいは立つ方が日射を受ける面が少なくなるので「日射病回避説」など、もっともらしい説が出されている。恐らく、前足を歩行に使わないこと、道具を造ったり物を運んだりできるようになるので、道具の使用と関係があるのだろう。最近の有力な説は女は子どもを育て、男が手で食糧を運んでくるという家族社会の成立と関係するという説である。いずれにせよ、直立二足歩行によって「手」を自由に使え、重い「頭脳」を支えることが可能になり、ヒトが人間になったことを示す基準とされている。<三井誠『人類進化の700万年』2005 講談社現代新書 p.35-62 など> → 化石人類
アウストラロピテクスの足跡
足跡を発掘するリーキー夫人

Episode 猿人の足跡

 約350万年前のアフリカで、アウストラロピテクス(かつては猿人と言われた)の足跡が見つかっている。タンザニアで有名な人類学者リーキーの未亡人メアリーたちが発見した。この発見によって、アウストラロピテクスが直立二足歩行していることが証明された。以下、その息子の『入門人類の起源』より、写真もふくめて引用させていただいた。
(引用)1976年に私の母が、タンザニアにあるレトリイという遺跡で調査をしていた時のことである。かつては火山灰の層だった、ある岩石層が見つかった。こうした火山灰層は東アフリカでは珍しくないが、この層は特別で、今から375万年ほど前の鳥と獣の足跡が残っていた。……(翌年)母の仲間の一人が野外で化石調査をしていて、人類のものらしい足跡を見つけた。その報告を聞いた母は、さらに足跡を見つけようとさっそく調査を開始した。そして、、その年から次の年にかけて数ヶ月発掘を続けた結果、最終的には長さ30メートルほどに渡って足跡が現われた。・・・それは三組の足跡が混ざっていて、おとな二人と子どもが一人つけたものに違いないと思われた。<リチャード・リーキー/岩本光雄訳『入門人類の起源』1987 新潮文庫 p.65-67 写真も。など>

NewS “二足歩行は脳と無関係?” 最近のニュースから

 2011年10月20日付け朝日新聞(朝刊科学欄)に“二足歩行、脳と無関係?”という記事が掲載された。それによれば、従来の有力な学説は、人類の骨盤が二足歩行に適した形になったのは、赤ちゃんの頭が大きくなったためであるというものであったが、南アフリカ、スイス、アメリカなどの研究チームがアメリカの科学雑誌に、草原が広がった環境環境への適応によるものという新説を発表したという。このチームは南アフリカの洞窟で2008年にほぼ完全な形で見つかった190万年前のアウストラロピテクス・セディバ(セディバ猿人)の10~13歳の少年と、20代後半~30代と見られる女性の2体の化石の全身を復元し、従来の化石と比較研究した。従来の二足歩行起源説では、人間の祖先のホモ属は、脳が大きい赤ちゃんを産むために産道が大きくなり、骨盤の幅が相対的に狭くなっても効率的に歩ける現代人に近い形に変化した、と考えられてきた。しかしホモ属と同時期に存在したセディバの頭は少年も少女の小さく、産道は小さいままなのに骨盤の幅が狭くなっていたところから、研究チームは「脳の拡大よりも、南アフリカに草原が広がった環境の変化に適応して二足歩行の効率を高める骨盤の進化を促したのではないか」としているという。<朝日新聞2011年10月20日朝刊>
 赤ちゃんの頭が大きくなったので骨盤が二足歩行に適した形になった、というのが有力な説だったとは知らなかったし、草原の拡大という環境の変化に適応したというのが新説だというのも意外です。草原という環境に適したのが二足歩行の起源だと早くから考えられていたのではないでしょうか。人類学の研究はどんどん変化しているようですが、新聞報道が何処まで正しいのかは慎重に見極めた方がよいようです。

食糧運搬仮説

 人類進化のカギとなる直立二足歩行について、最近注目されている「食糧運搬仮説」とは、次のようなものである。
 人類が直立二足歩行に適した形質(形態と性質)を獲得する条件は「生存や繁殖に有利なこと」と「子に遺伝すること」である。この条件が自然選択によって生物の種全体に広がることが進化である。では人類はどのようにしてこの形質を獲得したのか。考えられるのは人類が他の霊長類と違って、集団生活を営みながら一夫一婦的な社会を持っていることである。
 人に最も近い霊長類のヒヒは多夫多妻の社会をつくっているので、オスは子どもが自分の子かどうか判らないが、一夫一婦社会であれば、オスが直立二足歩行して子どもに食糧を運んでやって「生存や繁殖を有利」にしてあげることができ、その子が生き残って大人になれば直立二足歩行をする可能性が出てくる。それが何世代も繰り返されて、直立歩行する個体は増えていけば、それが種の形質になる。
 人類の直立二足歩行への進化が一夫一婦社会と関係が深いことの傍証になるのが、人類の犬歯が小さくなってることだ。犬歯はオス同士が闘うための武器であり、多夫多妻、一夫多妻の動物社会では必要なものだが、一夫一婦社会では必要がない。犬歯が小さくなったことの理由を固い物をすりつぶす咀嚼運動で必要となったためと説明されることが多いが、化石人骨の犬歯はまず上顎の犬歯から小さくなり、下顎の犬歯が小さくなるのはそれより遅い。横方向の咀嚼運動ためなら同時に小さくなるはずだから、人の犬歯が小さくなった理由は、「オス同士の闘いが穏やかになった」ため、つまり一夫一婦社会になったためと考えられる。最も完全な一夫一婦制でなくとも、それが定着するまでの中間的な一夫多妻社会でもこの変化は起こり得た。
 以上のことから「アフリカにいた類人猿の中で約700万年前に現れた、一夫一婦制かそれに近い社会を作るようになった種では、オスが食物運搬をする必要から、直立二足歩行の能力を身につけ、それが形質となって進化した。その種は同種内で争うことがほとんどなくなったので、犬歯が小さくなった」という仮説を立てることができる。この仮説は人類を直立二足歩行に進化させた理由の説明として、スジが通っていると思われる。<更科功『絶滅の人類史―なぜ「私たち」は生き延びたか』2018 NHK出版新書 p.51-71>
 ヒトの直立二足歩行はオスが食糧を運ぶために進化したためだ、というのは興味深い説です。するとメスは妊娠と子育てのため二足歩行への進化が遅れたのでしょうか?などと疑問も湧いてきますが、更科氏の話は上記では要約しきれませんので、くわしくは、かつ正確には同書をご覧下さい。
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ノートの参照
序章1節 ア.人類の進化
書籍案内

三井誠
『人類進化の700万年』
2005 講談社現代新書

R.リーキー/岩本光雄訳
『入門人類の起源』
1987 新潮文庫

情報としては古いが、リーキー一家の発掘の現場を知ることができる。


内村直之
『われら以外の人類』
2005年 朝日選書

更科功
『絶滅の人類史―なぜ「私たち」は生き延びたか』
2018 NHK出版新書