印刷 | 通常画面に戻る |

直立二足歩行

他の動物と人類とを区別する、人類独自の能力。

 人類はサル(チンパンジーやゴリラなど大型の類人猿)と同じ祖先から別れて進化し、その中で樹上生活から平地に下りて二足歩行をはじめた種から進化したと考えられる。どのような経緯で平地に下りたのかはよく判らない。かつては気候の寒冷化に伴って森林が減少したためというのが通説であったが、現在の古気象学上は否定されているようだ。樹上から下りてもはじめは四足歩行か、腕歩行だった彼らがなぜ二足歩行(直立)できたのか、これもまだよく判っていない。体重が重くなりすぎたからとか、氷や雪の上を歩くためやむなく立ったとか、草原で敵を早く発見するために立つようになった、あるいは立つ方が日射を受ける面が少なくなるので「日射病回避説」など、もっともらしい説が出されている。恐らく、前足を歩行に使わないこと、道具を造ったり物を運んだりできるようになるので、道具の使用と関係があるのだろう。最近の有力な説は女は子どもを育て、男が手で食糧を運んでくるという家族社会の成立と関係するという説である。いずれにせよ、直立二足歩行によって「手」を自由に使え、重い「頭脳」を支えることが可能になり、ヒトが人間になったことを示す基準とされている。<三井誠『人類進化の700万年』2005 講談社現代新書 p.35-62 など> → 化石人類

Episode 猿人の足跡

 約350万年前の猿人の足跡というのがエチオピアのラエトリで発見されている。有名な人類学者リーキーの未亡人メアリーたちが発見したもので、雨に濡れてどろどろになった火山灰の上を歩いたヒトの足跡が翌日に太陽の光で固まったものだという。火山灰の年代からこれは猿人(アウストラロピテクス)のものだとなった。足跡は大人二人と子ども一人のもので、もしかしたら親子なのかもしれない。その足跡には土踏まずがあり直立して、ほとんどわれわれと同じ姿勢で歩いていたらしいことがわかった。<『われら以外の人類』内村直之 朝日選書 2005年 p.92-96 など>

最近のニュースから “二足歩行は脳と無関係?”

 2011年10月20日付け朝日新聞(朝刊科学欄)に“二足歩行、脳と無関係?”という記事が掲載された。それによれば、従来の有力な学説は、人類の骨盤が二足歩行に適した形になったのは、赤ちゃんの頭が大きくなったためであるというものであったが、南アフリカ、スイス、アメリカなどの研究チームがアメリカの科学雑誌に、草原が広がった環境環境への適応によるものという新説を発表したという。このチームは南アフリカの洞窟で2008年にほぼ完全な形で見つかった190万年前のアウストラロピテクス・セディバ(セディバ猿人)の10~13歳の少年と、20代後半~30代と見られる女性の2体の化石の全身を復元し、従来の化石と比較研究した。従来の二足歩行起源説では、人間の祖先のホモ属は、脳が大きい赤ちゃんを産むために産道が大きくなり、骨盤の幅が相対的に狭くなっても効率的に歩ける現代人に近い形に変化した、と考えられてきた。しかしホモ属と同時期に存在したセディバの頭は少年も少女の小さく、産道は小さいままなのに骨盤の幅が狭くなっていたところから、研究チームは「脳の拡大よりも、南アフリカに草原が広がった環境の変化に適応して二足歩行の効率を高める骨盤の進化を促したのではないか」としているという。<朝日新聞2011年10月20日朝刊>
 赤ちゃんの頭が大きくなったので骨盤が二足歩行に適した形になった、というのが有力な説だったとは知らなかったし、草原の拡大という環境の変化に適応したというのが新説だというのも意外です。草原という環境に適したのが二足歩行の起源だと早くから考えられていたのではないでしょうか。人類学の研究はどんどん変化しているようですが、新聞報道が何処まで正しいのかは慎重に見極めた方がよいようです。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
序章1節 ア.人類の進化