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人類の出現年代

分子生物学による化石人骨の研究の進展によって、人類の出現は約700万年前とされるようになっている。

 2013年度から使用される山川出版社『詳説世界史B』では、人類の出現年代は約700万年前とされるようになった。他の教科書、たとえば実教出版社の世界史Bでは「人類が独自の系統の進化のコースに入ったのは、700万~500万年前のアフリカ大陸であることがわかってきた」としている。
 2007年度使用の山川詳説世界史からは、人類の誕生は約500万年前とされ、その前年度版までは約450万年とされていた。450万年前という数字は1994年に発見された、ラミダス猿人の年代から割り出されたものである。ところが、90年代終わりから2000年代初頭にかけて、人類学上の新発見が相次ぎ、現在では大幅な修正がなされ、約700万年前(または600万年前)とされている。今後も研究の進展で、さらにさかのぼる可能性もある。
 ただし、これらの化石人類は、現生人類であるホモ=サピエンス新人)とは違った種類の人類であり、我々の直接の先祖ではないと考えられている。現在の人類(現生人類=ホモ=サピエンス)は、猿人・原人・旧人とは別に、約20万年前にアフリカに出現したと考えられている(アフリカ単一起源説)。

最新の人類起源700万年前説

 最新の研究によれば、最古の人類化石として、約700万年前の「サヘラントロプス=チャデンシス」が報告されている。発見地が従来の人類化石が多数出土している東アフリカの大地溝帯からかなり離れたサハラ砂漠南部の中央アフリカのチャドであったことが人々を驚かした。サヘル(サハラ砂漠の南を指す地名)で発見されたチャドのヒトの意味で学名が付けられた。発見された人骨はほぼ完全な頭蓋骨を含み、直立歩行し犬歯が退化しているなど明らかにヒト科のものであったが、周囲が砂漠であり、火山堆積層がないため直接確かめられず、同時に出土した動物化石が他でいつ頃の地層から出土しているかで年代特定が行われたため、700万年前という数値には慎重な意見もある。また2000年にはケニアで発見されたオロリン=トゥゲネンシスは約600万年前、2001年にエチオピアで発見されたアルディピテクス=カダバは約570万年前とされている。これらの相次いだ新発見の化石人類と従来の猿人の関係は諸説あって不明だが、猿人の登場年代が一挙に倍近くさかのぼることは確かなようだ。<『われら以外の人類』内村直之 朝日選書 2005年など>

Episode イーストサイドストーリーは間違いだった

 サヘラントロプス=チャデンシスは頭蓋骨しか見つかっていないが、大後頭孔が頭蓋骨の下方にあることから直立歩行していたと考えられる。頭蓋骨はアウストラロピテクスに似ているが大きさはチンパンジーと大差ない(約350cc)。一緒に出てくる化石はサルやヘビの他にウシ、魚などもあり、彼らが住んでいたのは草原と森林の中間と考えられる。年代的にチンパンジー類と分かれて間もない人類と思われる。
 サヘラントロプス=チャデンシスの発見によって、それまでの人類進化の有力な仮説であったイーストサイドストーリーが間違いであったことが判った。イーストサイドストーリーとは、アフリカの大地溝帯(南北6000kmにおよび今でも年間数ミリの早さで離れている)の活動によって山脈が隆起したため類人猿の生活圏が東西に分かれ、西側は偏西風が山脈で遮られてもたらされる雨によって熱帯多雨林が続いたため類人猿はそのまま樹上生活を続けたが、東側は偏西風が遮られて乾燥化して密林から草原に変化したため、類人猿が木から下りて直立歩行するようになり、人類に進化した、という説だった(映画のウエストサイドストーリーにひっかけて命名された)。ところが、サヘラントロプス=チャデンシスは、大地溝帯の西側のアフリカ中部チャドで発見された。そこは草原とは言えず、木がそれなりに生えている疎林だったので、「草原で暮らすようになったので直立歩行が進化した」という仮説は否定されたのだった。<更科功『絶滅の人類史―なぜ「私たち」は生き延びたか』2018 NHK出版新書 p.29-31>
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ノートの参照
序章1節ア.人類の進化
書籍案内

内村直之
『われら以外の人類』
2005年 朝日選書

更科功
『絶滅の人類史―なぜ「私たち」は生き延びたか』
2018 NHK出版新書