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中国の殷王朝の都の当時の名前。また当時は殷を商とも言っていた。

 殷墟が発見され、大量の甲骨文字が解読された結果、殷の時代にはこの地は「商」と言われる都市であったことが判った。また、甲骨文字で「大邑商」とも書かれている。したがって王朝後期の都は「商」といわれていたが、当時の殷の人々は「商」を自らの国号としても使っていたようだ。
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2章3節 ウ.殷と周