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末法思想

中国で生まれた仏教の観念。釈迦の教えが行われなくなる時代が到来すると認識し、極楽浄土への往生を希求する浄土思想が生まれた。

 大乗仏教には歴史観として、未来を含めて歴史を三段階で分ける考えがあった。正法五百年、像法千年、末法万年といい、正法は仏陀の死後五百年でその教えが正しく実行されている時代、次の像法千年は教えは守られているが、それを実行し悟りを開くことが困難な時代(像とは似ているという意味)であり、末法は仏陀の教えが行われなくなる時代であるという。中国の南北朝時代にたびたび廃仏(仏教弾圧)が行われたことは末法の時代が到来したと認識する末法思想が生まれてきた。

浄土教の成立

 6世紀の慧思(えし)は554年に末法入りしたと考えた。このような末法の世に、阿弥陀仏の名を唱える(称名)によって浄土に往生することができるという、浄土教といわれる仏教の一派が唐の仏教の中に生まれた。その信徒は浄土宗という教団をつくり、中国独自の仏教の信仰形態として長く続き、日本にも影響を与えた。
 日本では1052年が末法入りと考えられ、源信の『往生要集』が著され、源平の争乱から鎌倉幕府への転換はそのような乱世の表れと捉えられた。念仏によって極楽往生を願う浄土信仰はさらに鎌倉仏教のなかに、法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、一遍(時宗)という宗派を生み出し、進化を重ねていく。
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ノートの参照
3章3節 イ.唐の制度と文化