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全真教

金代に王重陽が始めた新道教の一つ。

 12世紀中頃、代の華北で王重陽が興した、道教の改革をかかげた新道教の一派。道教は宋王朝でも唐代に続き保護されたため、道観は仏教寺院とともに大土地所有を進め、多くの佃戸を抱えて豊かになり、中には高利貸しを営むところも現れ、民衆から離れ堕落していった。そのような道教の革新を唱えたのが金に支配された時代に現れた王重陽であり、不老長寿などの現世利益には重点を置かず、禅宗色を強めて、さらに儒教の教義も取り入れた。このような三教融合によって成立した新道教が全真教である。以後この全真教は、華南の旧来の道教を継承した正一教と勢力を二分していく。

モンゴルへの布教

 王重陽には七真人という七人の高弟がいて、彼らの布教活動で教団が形成されていった。七真人の一人である丘処機(長春真人という尊称で呼ばれる)はモンゴル高原でチンギス=ハンが有力になると彼に会うために旅をしてついに面会し、その信頼を勝ちえることが出来、道教はモンゴル帝国の中で保護されることとなった。現在、北京にある全真教の本山白雲観は、丘処機の遺骸が葬られている。
 丘処機の死後も全真教は順調に教勢を伸ばした。モンゴル人の支配下で、全真教の道士は道教の経典である道蔵の編集を進め、また各地に石窟を開いた。
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書籍案内

窪徳忠
『道教の神々』
1996 講談社学術文庫