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ヨーク家/ヨーク朝

バラ戦争中の1461年から85年のイギリスの王朝。内紛が絶えなかった。

プランタジネット朝エドワード3世の三男エドマンドがヨーク家を名乗ったことに始まる。家紋は白バラであった。ランカスター朝の王位を不当なものとして1455年にバラ戦争を起こして勝利し、61年にはヨーク朝を開いた。しかし、その後は内紛が続いて混乱し、リチャード3世がチューダー家に倒されて85年に終わった。

バラ戦争を起こし、ヨーク朝を創始

 1455年、ヨーク家のリチャートは、1455年にランカスター朝のヘンリ6世に対し、王位継承が不当なものであったとして挙兵し、バラ戦争を起した。翌年、リチャードは戦死したがその子エドワードは有力貴族を味方にして反撃し、1461年にロンドンを奪回し、エドワード4世として即位してヨーク朝を創始した。

血なまぐさい内紛

 ロンドンを追われたランカスター家のヘンリ6世と王妃だったマーガレットはスコットランドに逃れた。精神に異常のあったヘンリに代わってランカスター家を守ったマーガレットはさらにフランスに渡り、フランス王ルイ11世の援軍を受けてイングランドに上陸、エドワード4世は不意をつかれて敗れ、ドーバーを渡り、フランス王と対立していたブルゴーニュ公を頼った。体勢を立て直したエドワード4世はブルゴーニュ軍の支援を受けてイングランドに戻り、ロンドンを奪回した。  このように苦心の末、ヨーク朝は王位を守ったが、エドワード4世が死ぬと、その子エドワード5世が継承するが、叔父のリチャードが新王とその子たちを殺害してリチャード3世として即位する。しかしリチャードは人望を無く、1485年テューダー家のヘンリに攻められて敗死、バラ戦争は終わり、テューダー朝となる。
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ノートの参照
第6章3節 ク.百年戦争とバラ戦争