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オイラト

明代以降のモンゴル高原西部の遊牧民族に対する呼称。

 モンゴル民族の中の有力部族で、チンギス=ハン一族と婚姻関係を持ち、モンゴル帝国解体後もモンゴル高原西部を中心に活動していた。明では「瓦刺」(”わら”と読む)という漢字が当てられた。オイラートと表記されることがあるが、それは誤り。15世紀に強大化し、一時その族長エセンが全モンゴルを統一し、エセン=ハンを称した。エセンは、明に侵攻し、1449年には土木堡で明の皇帝正統帝(英宗)を捕虜としている(土木の変)。その後、モンゴル高原東部のモンゴル人、いわゆる韃靼(タタール)のダヤン、ついでアルタンに討たれ、衰える。17世紀に再び中央アジアに勢いを盛り返し、ジュンガルとして知られるが、1757年、清に討たれ滅亡した。<宮脇淳子『最後の遊牧帝国』講談社選書メチエ 1995>
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ノートの参照
第8章1節 東アジア・東南アジア世界の動向
書籍案内

宮脇淳子
『最後の遊牧帝国』
1996 講談社選書メチエ