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エセン=ハン

モンゴル系オイラトの族長。15世紀に統一を復活させ明を圧迫し、1449年には土木の変で正統帝を捕虜にした。

 モンゴルは1388年に洪武帝によって北元が滅ぼされてから、しばらく停滞を余儀なくされたが、その後、明で靖難の役の混乱が起こると勢力を回復し、15世紀初めにはオイラト部とタタール部の二部族が有力となった。

土木の変の勝利とオイラト部の瓦解

 そのうちのオイラト部の部長(族長)エセンがまずモンゴル全体の実権を握り、モンゴル高原とシベリア南部を支配するようになった。エセンはたびたび中国領内にも侵攻し、明を脅かしたが、中でも1449年には土木の変で大勝利を収め、明の正統帝を捕らえた。さらに正統帝を明の皇帝に復位させようとして北京を包囲したが、新帝を建てた明側が応じなかったので、正統帝を送還し、モンゴルに戻った。その後、モンゴルのハン位の争いに介入し、北元以来のモンゴル皇族を殺害して1453年に自らハンとなった。しかし翌年、部下の大臣が反乱を起こし、逃げる途中に殺され、オイラト帝国はたちまち瓦解した。
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第8章1節 東アジア・東南アジア世界の動向