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黄宗羲

明末清初の儒学者で清朝に仕えなかった。中国のルソーと言われる。

 こうそうぎ。明末清初に出たて儒学の変革をもたらした顧炎武などと並ぶ重要な思想家である。明末に官吏となったが、宦官政治を批判して辞任、故郷の浙江省で学問の研究団体をつくった。明が倒れ、清代になると明朝回復運動に加わったが失敗し、著述に専念するようになった。康煕帝はその名声を聞き、史官(前代の明の歴史を編纂する役人)として登用しようとしたが、黄宗羲はそれに応えず、明の遺臣の立場を貫いた。その学問は考証学の始まりの一人とされるが、その著の『明夷待訪録』では、清朝の専制政治を批判し、君主政の否定、共和政の主張にも結びつく進歩的な内容であった。そこから彼を「中国のルソー」と評価する人もいる。 → 清の文化
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7章2節 エ.清代の社会と文化