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マディラ島

1420年、ポルトガルのエンリケ航海王子が植民を開始した大西洋上の島。現在もポルトガル領。

 マディラ島はモロッコ西方の大西洋上にある諸島で、現在ポルトガル領。1420年にポルトガルエンリケ航海王子はこの島への入植を開始し、大航海時代の海外進出の第一歩を記した。
(引用)1418年、手柄を樹てたくて腕を撫していたエンリケ王子の従者ジョアン・ゴンザルヴェス・サルコとトリスタン・ヴァス・テイセイラの二人はギニアの国を索めて出帆したが、嵐に吹かれてマディラ島そのものの40マイル北東にあるポルト・サント島に漂着してしまった。彼らがこの胸の躍る様な報告を携えてポルトガルに帰還すると、エンリケは1420年、この島を植民地化すべく彼等を送り出し、その航海では彼等はマディラの本島に着いてそこに入植した。マディラの拓殖事業は壊滅的な森林火災(七年間も燃え狂ったと言われる!)によって最初の挫折を経験した。しかしこの災厄の後、クレタ島からマームジイ葡萄が導入され、マディラの将来は安定することになる。10年後にカダモストがこの島を訪れた時には、その葡萄畠は世界で最も素晴らしい光景だと書かしめる程になっていた。<ペンローズ『大航海時代』荒居克己訳 筑摩書房 p.45-46>

マディラ島のワイン

 マディラ島のぶどうの栽培はさらに盛んになり、ワインの産地として重要性を増した。17世紀からはポルトガルのワインは、ポルトから出荷されるポートワインとマディラ島のワインが有名になり、特にイギリスに盛んに輸出されてポルトガル経済を支える商品となった。
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ノートの参照
8章1節 ア.大航海時代