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大抗議文

1641年、イギリスの長期議会で議決された国王チャールズ1世の悪政を列挙した抗議文。議会と国王の対立が激化しピューリタン革命へと向かった。

 1641年11月、イギリス長期議会で決議された国王チャールズ1世に対する抗議文。大諫義(かんぎ)書ともいう。その裁決をめぐり議会は議会派と王党派に分裂し、ピューリタン革命の内乱に突入した。議案はジョン=ピム、クロムウェルらによって原案が作成され、悪政の首謀者としてカトリック教徒、主教と堕落した僧侶、腐敗した重臣や廷臣をあげ、彼らの悪政の内容を、
 1.国王と国民の間の不信と争いの増大
 2.純粋な宗教の抑圧
 3.カトリック・アルミニウス主義者・異端者の育成
 4.議会によらざる国王財政の確保
の4点にまとめ、ついで204条にわたって悪政の具体例と長期議会の成果を列挙している。11月9日から審議が始まり、国教会に対する非難、上院を無視して直接国民に訴えることの可否をめぐって紛糾、賛成159票、反対148票の11票差で可決された。<浜林『イギリス市民革命史』p.107-108>  大抗議文に反対する議員が半数近くに及んだことに自信を得たチャールズ1世は翌42年1月、兵を率いて議場に乗り込み、ピムら議会指導者を逮捕しようとしたが、かえって反発が起来たために失敗、議会派と国王派の武力衝突に発展し、ピューリタン革命の勃発となった。
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