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ルソー

18世紀フランスの啓蒙思想家。社会契約説にもとずいて封建社会・絶対王政を鋭く批判し、フランス革命などの市民革命に大きな影響を与えた。

ジャン=ジャック=ルソー Jean-Jacques Rousseau 1712-1778 はジュネーヴでフランス人時計職人の子として生まれた。母を生後10日でなくし、父は10歳の時に失踪して孤児となり、徒弟奉公に出された。あるときジュネーヴ市門の閉門時間に遅れたためそのまま出奔、放浪生活を送る。ある男爵夫人に助けられ、愛人となった。苦難に充ちた青年期であったが、男爵夫人の庇護ので文学、哲学、歴史などを独学し、社会を見る眼を養っていった。男爵夫人と別れてからリヨンで家庭教師となり、1742年に30歳でパリに出た。サロンに出入りしながら当時の最先端の思想家たちであった百科全書派の人びとと交流し、音楽にも才能を発揮した。1750年、アカデミーの懸賞論文で『学問芸術論』が一等となって一躍有名になり、それ以後文明社会に対する鋭い批評を立て続けに発表し、最も先進的な啓蒙思想の代表的思想家家とみなされるようになった。1760年代に、その主著『新エロイーズ』、『社会契約論』、『エミール』立て続けに発表、いずれもそれまでの家庭道徳や教会、教育、そして国王の専制政治を批判した内容であったための発禁とされ、ルソー自身にも逮捕の恐れがあったので、ヨーロッパ各地で亡命生活を送らなければならなかった。1770年パリに戻り、自伝的小説『告白』を執筆(発表はその死後だった)、『孤独な散歩者の夢想』を絶筆として死去した。
 こうして生前は名誉を顕彰されることはなかったが、フランス革命が起きると、1789年にはその影響を受けた人権宣言が制定されるなど革命思想の提唱者として名声が高まり、1794年にはその遺骸がパンテオンに改葬された。
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ノートの参照
9章3節 イ.啓蒙思想