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全国産業復興法/NIRA

アメリカのF=ローズヴェルト大統領の世界恐慌の克服を目指したニューディール政策の一環。産業振興および労働者保護法。違憲判決を受け修正した。

 略称 NIRA(ニラ)= National Industrial Recovery Act 1933年、フランクリン=ローズヴェルトニューディールの柱として制定された産業振興および、労働者保護立法。価格と賃金の下降を止めることによって産業を復興させることを意図し、各産業ごとの企業団体に協定(公正行為コード)を結ばせて価格と賃金の安定を図った。企業を指導する機関として全国復興局(NRA)を設立し最低賃金や労働時間(週40時間)を定めた。また、雇用を創出するため公共事業局(PWA)を設立し、道路、学校、病院などの公共事業を活発に行った。さらにNIRA第7条で労働者の権利を保護し、労働組合結成および団体交渉の権利を認めた。しかし、この大転換に対しては自由主義の原則に反するという批判が強く、1935年に最高裁判所の違憲判決によって全国復興局(NRA)が廃止されたため、恐慌対策としては成果を上げることなく終わった。

全国産業復興法のねらい

:技術進歩によって巨大化した企業が、過当競争を続けた結果、リスクが高まり大量失業につながった。今や公共の利益を擁護するためには、企業の競争を制限し、連邦政府との協力関係の下に秩序だった生産を行うことが問題の根本的解決のために必要である。という考えに基づいて制定されたNIRAの目的は、産業ごとの企業を組織し、連邦政府と共同で生産と価格を調整し、労働条件を守らせて労働者を保護することによって、安定的な完全雇用を実現し、国内購買力を回復することであった。これは、従来の自由競争と独占の禁止という自由主義的資本主義の原則(共和党政権かで推し進められてきた)を放棄し、政府が協力に経済に介入し、不況カルテルを認めて、有効需要と完全雇用をめざすという修正資本主義に大転換するものであった。

最高裁判所による違憲判決

:全国産業復興法(NIRA)に対しては、独占を助長するものと批判が当初から強かった。また産業団体の中核となるような企業はこれを支持したが、中小企業には反対の声が強かった。1935年5月、最高裁判所は、全国復興局(NRA)の公正行為コード設定と遵守への連邦制の関わりを、大統領(行政府)による議会の立法権への侵害であるとして憲法違反と断じ、その無効を宣言、そのためNRAは廃止された。しかし、F=ローズヴェルト大統領は、NIRAの中から、最低賃金、最高労働時間、団体交渉、若年労働の禁止に関する項目を残すことにし、全国労働関係法(通称ワグナー法)を提案し、制定させた。<林敏彦『大恐慌のアメリカ』1988 岩波新書 p.134-137 、秋元英一『世界大恐慌』1999 講談社学術文庫 p.199-209などによる>
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第15章4節 ア.世界恐慌とその影響