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ワグナー法

ニューディール政策の一つで全国労働関係法のこと。労働者の団結権・団体交渉権を明確に認め、労働者の生活を安定させることによって経済を復興させようとした。

 正式には全国労働関係法(1935年制定)。ワグナー法は通称。フランクリン=ローズヴェルト大統領のニューディールの一環として制定された労働立法で、労働者の団結権・団体交渉権を明確に認めた。労働組合の権利を保護し、公正な雇用を実現しようとする規定は1933年の全国産業復興法(NIRA)で始まったが、NIRAが1935年に最高裁で憲法違反の判断が出されたため、それにかわって制定された。産業界は猛烈な反対運動を展開したが、議会における民主党の多数とAFLなど労働界の支持で成立した。

ワグナー法の内容とねらい

 労働者の団結権・団体交渉権・ストライキ権を保障し、具体的方式として組合の代表権に多数決原理を採用し、労働者の権利を国家的に保障する機関として「全国労働関係委員会」(NLRB)に広範な権限を付与した。また、雇用者の「不当労働行為」(組合に対する干渉、抑圧、強制、援助、妨害、雇用条件による差別、組合活動を理由とした解雇、団体交渉の拒否)を禁止した。ワグナー法のねらいは、経済的には労働者に購買力を付与して国民所得の賃金部分を増大させ、所得再分配を実現しようと意図した。<秋元英一『世界大恐慌』1999 講談社学術文庫 p.209-210>

労働組合運動の活発化

 1933年の全国産業復興法(NIRA)、それに代わる35年のワグナー法の制定によって、アメリカ合衆国の労働運動は法的保護のもと未曾有の組織化が進んだ。同時に、組合運動をめぐって旧来のアメリカ労働総同盟(AFL)が分裂し、産業別組織会議(CIO)が生まれるという変化をもたらした。労働組合は資本主義社会の中で経営者に対する「拮抗力」をもつに至り、1938年には公正労働基準法が改めて制定されて、最低賃金(全業種で8年後に40セント)、労働時間(3年後に週40時間)が統一された。

ワグナー法の修正

 第二次世界大戦後、冷戦下でアメリカ社会に社会主義や労働運動に対する警戒が強まる中で、1947年に共和党が多数を占める議会でタフト=ハートレー法が成立し、ワグナー法の「労働者寄り」の内容はいくつかの点で修正され、その理念は後退することとなった。
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ノートの参照
第15章4節 ア.世界恐慌とその影響