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西ヨーロッパ連合

1948年、西ヨーロッパ連合条約で成立した、西欧諸国の反ソ・反共産主義の集団軍事同盟。

 1948年3月の西ヨーロッパ連合条約(ブリュッセル条約)によって成立した、西ヨーロッパ5ヵ国(イギリス・フランス・オランダ・ベルギー・ルクセンブルク)による集団防衛のための同盟。当初は西欧同盟、または西方連合といわれ1954年のパリ協定で西ドイツ、イタリアが加わり、正式に西ヨーロッパ連合となった。略称はWEU。

西ヨーロッパ連合のねらい

 同盟の目的は、当初は
・共産圏(ソ連・東欧)からの武力侵攻に対する防衛。
・ドイツ軍国主義の再現の阻止。
の二点であったが、冷戦の深刻化にともなって第一点の比重が強まった。西欧同盟は、翌年には対ソ防衛網を北大西洋に拡大し、アメリカを加えた北大西洋条約機構をさらに結成した。

NATOへの展開

 冷戦の進行に伴い、西ドイツの加盟と再武装が問題になると、1950年に西ドイツを含めた「欧州軍」構想が浮上したが、いかなる形でも西ドイツの武装に不安を持つフランス議会で承認されず、その構想は不成功に終わった。ついでイギリスのイーデン首相の構想により、西ドイツをNATO軍の一員として再軍を認め、同時に西欧同盟に加盟させるという案が生まれ、アメリカも支持した結果、1954年10月にパリ協定が成立した。

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これによって西ドイツの加入を認めたので「ドイツ軍国主義の再現の阻止」という目的の一つが無くなり、性格が変化したため、ブリュッセル条約を修正し、NATOとの緊密な協力をかかげた。ドイツとともにイタリアも加盟することとなり、西欧同盟は発展的に解消し、7ヵ国による西ヨーロッパ連合=WEU(Western European Union)が成立した。WEUはNATOの中のアメリカに対する西ヨーロッパ諸国を代表し、冷戦時代には重要な存在であったが、ヨーロッパの経済統合、政治統合が進む中で、2000年5月にEUに統合され、消滅した。 
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ノートの参照
第16章1節 イ.ヨーロッパの東・西分断