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キージンガー

西ドイツのキリスト教民主同盟党首。1966年に大連立内閣を組閣したが、68年の学生運動で倒れる。

 キージンガーは西ドイツキリスト教民主同盟(CDU)でアデナウアー、エアハルトに次いで党首となった。1966年の総選挙で、キリスト教民主同盟は単独で多数をとれず、社会民主党などを含む大連立を組み、キージンガー内閣が成立した。こうしてオール与党体制のもとで経済の復調が図られたが、1967年から68年にかけてオール与党体制に不満を持ち、変革を求める学生運動や労働運動が激しく起こった。特に大連立内閣が打ちだした非常事態法(国防軍を治安出動させる法案)に対する反対運動が議会外反対派(議会内で反対党が存在しなくなったためこのように言われた)として反政府活動を展開した。これは68年5月のパリの五月危機にも刺激された世界的な学生運動の一つであった。ついにキージンガーは辞任し、1969年には社会民主党のブラント内閣に席を譲った。