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ポンド切り下げ

1967年、イギリスのウィルソン内閣がイギリス経済の苦境克服をめざして打ち出した施策。

 1967年11月中旬、イギリスウィルソン労働党内閣はポンド切り下げに踏み切った。具体的には対ドル14.3%切り下げた。
 1964年に成立したウィルソン内閣は、8億ポンドにのぼる巨額の対外債務を抱え、ポンド防衛に迫られていた。50年代の保守党政権のイギリス連邦の維持・強化という帝国再編戦略が、高い軍事費とポンド維持を必要とされ、それがイギリスの経済成長の桎梏となっていた。輸入制限策や増税、金利引き上げなどデフレ政策で乗り切ろうとしたが、労働者の不満がつのりストライキが続発、ポンド不信は加速した。IMFからの借款を受けたがそれでも国際収支は改善されず、失業の増大が続いた。そのため、最後の手段としてウィルソン内閣はポンド切り下げに踏み切って、輸出振興、国際収支の改善を図った。一方でストライキの規制を強めたが労働組合の激しい抵抗で実現できなかった。ポンド切り下げによって経済は持ち直したが、70年の総選挙では国民は労働党政権より保守党政権を選択した。<『冷戦と経済繁栄』1999 中央公論新社 世界の歴史29 p.75-78> → イギリス病

Episode ビートルズ、女王から勲章をもらう

 1965年、イギリスのウラ寂れたリヴァプール出身の若者4人組ビートルズが、エリザベス女王からMBE勲章を受けた。なぜロックグループが勲章をもらったか。実はイギリスの1960年代は終戦直後の福祉国家を依然としてかかげ、財政支出がふくらみ、また輸出がふるわず、ポンドの流出に悩んでいた。60年代の世界経済の繁栄の中で一人蚊帳の外だった。そんな時代に現れたビートルズは、音楽で世界中の若者の心をつかみ、同時に財布もつかんだ。彼らのレコードや映画、海外でのコンサートは大成功、イギリスの貴重な外貨獲得に役だったのである。その功績での受賞だった。なおビートルズの初来日は翌年1966年=昭和41年、日本は高度経済成長の時代を迎えていた。