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アウンサンスーチー

現代のビルマ民主化運動の女性指導者。1989年以来、軍事政権に自由を束縛されていたが、2011年11月に解放された。現在は国会議員として国民民主同盟を率いている。

 1988年に起こったビルマの軍事政権クーデターに反対して、民主化を求めて立ち上がったが、彼女の言動が国家防御法に触れるとして1989年7月20日に自宅軟禁とされ、1995年7月10日に解放されたが、政治活動の自由は認められていなかった。1991年にはノーベル平和賞が授与されたが、ビルマを出国することはできなかった。
 その後も完全な自由を求めてビルマ(軍事政権は国号を一方的にミャンマーに変更した)の軍事政権に働きかけがなされ、国際世論もその解放を強く支持した。軍事政権は口実を設けて2000年に再び自宅軟禁とし、その後も軟禁と解放が繰り返されたが、完全な政治活動の自由は得られずに時間が経過した。

自宅軟禁からの解放

 2007年、僧侶による政府批判のデモが武力弾圧されたことを記に、再びアウンサンスーチーの解放と民主化を求める国際的な声が高まり、それに対してタン=シュエ軍事政権は国家転覆罪の容疑で逮捕したが、執行を猶予した。ようやく2010年、軍事政権は自宅軟禁の解除を表明、11月に実現した。政治活動の自由は認められていなかったが、アウンサンスーチー側も国家の発展に協力することを表明し、2012年4月の総選挙に立候補、当選し、国会議員となった。現在は国民民主同盟の議長として、活動している。2013年には来日し、留学経験のある京都大学などで講演を行った。

Episode どこまでが姓?どれが名?

 アウンサンスーチーの表記 彼女の名前を日本ではさまざまに書き表している。英語表記では Aung San Suu Kyi と書き、アウン=勝つ、サン=稀に、スー=集まる、チー=清らか、という一語ずつに意味があるので、アウン・サン・スー・チーと書く人もいる。また彼女の父がビルマ独立の父アウンサン将軍なので、アウンサン=スーチーと書くこともある。しかし、ビルマ人に姓はなく、名前だけである。従って分かち書きにする必要はなく、アウンサンスーチーでよく、彼女自身もそう表記されることを望んでいるという。<田辺寿夫『ビルマ』1996 岩波新書>
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