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アウンサン

ビルマの繁栄組織タキン党の指導者。48年独立を達成。

 ビルマの「我らビルマ人協会」(タキン党)のリーダー、はじめラングーン大学の学生連盟書記長として学生運動を指導した。1838年から反英独立闘争を展開し、日本軍の援助で1941年にタイのバンコクでビルマ独立義勇軍(BIA)を創設した。
 太平洋戦争の開戦後、1942年、日本軍がビルマ侵攻を開始すると、日本軍とともにビルマに進軍し、日本軍政下で表面は協力しながら地下活動の共産党などと連絡を取り、密かに抗日運動を準備した。43年、独立義勇軍も参加して反ファシスト人民自由連合(AFPFL、アウンサン総裁)を結成、45年3月から反日闘争を開始した。日本軍敗退後は再びイギリスと戦い、47年イギリス首相アトリーの間で独立協定に調印した。独立宣言(48年)の直前、47年7月に政敵によって暗殺された。ビルマ独立の父とされ、まあ国軍の創設者でもある救国の英雄でアウンサン将軍と称される。その娘がアウンサンスーチー女史である。

Episode 「ビルマ独立の父」アウンサンと日本

 タキン党の指導者アウンサン(オンサンとも表記)は同志のラミヤンとともにイギリス官憲の追求を逃れてアモイに逃れた。そこで日本軍の憲兵と接触、1940(昭和15)年日本に行き、東京で参謀本部の鈴木敬司大佐と会い、二人は面田紋二と糸田貞二という日本名でしばらく浜松などに潜伏した。鈴木大佐は二人を利用してビルマで反英闘争を起こさせようと考え、参謀本部に提案し、南機関という諜報機関をバンコクに開設した。こうして鈴木大佐とアウンサンらの協力で結成されたのがビルマ独立義勇軍であった。<泉谷達郎『ビルマ独立秘史』1967 徳間文庫> 
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ノートの参照
第15章3節 オ.東南アジアでの民族運動の展開