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第1章 オリエントと地中海世界

第1節 古代オリエント世界 解説と補足

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ア.オリエント世界の風土と人々 解説-1 ノート-1

解説:オリエントの意味

「オリエント」 Orient とは、西欧から見て「東方」、「東洋」を意味する。今日では「中東」とよばれることが多い。なお、「西洋」は、Occident 。世界史の用語としては、「イスラーム以前の西アジア世界」をオリエント世界と言う場合が多い。オリエント世界はメソポタミアとエジプトに分けられ、両地域を結ぶシリア・パレスチナ地方、および周辺の小アジア(現在のトルコ共和国の範囲)とイラン高原が含まれる。

イ.シュメール人の都市国家 ノート-2

解説:ウルの軍旗

ウルのスタンダード シュメール人の都市国家の一つ、ウルから出土し「ウルのスタンダード(軍旗)」と言われている遺物。シュメール人の風貌とその社会を伝える貴重な資料である。この部分では戦士と戦車が描かれている。当時のメソポタミアでは馬はいなかったので戦車を引いているのはロバと考えられている。

解説:シュメール法典

世界最古の法典は従来は次の古バビロニアのハンムラビ法典とされてきたが、最近の研究では、シュメール人のウル第3王朝時代に作られたシュメール法典が最古とされるようになった。最古のものは前25世紀にさかのぼるという説もある。現在ではハンムラビ法典はシュメール法典をもとに、さらに体系化したものと考えられる。
ウ.メソポタミアの統一と小アジア ノート-3

解説:ハンムラビ法典

ハンムラビ法典 右図がハンムラビ法典が彫られた石柱。上部の左に立つのがハンムラビ王。右が法を授けた太陽神である。なお、この法典は、アッカド語で書かれ、楔形文字によって碑文が刻まれている。その現物は1901年にイランのペルシア帝国時代の古都スサで発見され、解読された結果、ハンムラビ王の制定した法典であることが判明した。本来はハンムラビ王のいたバビロンにあったものであるが、それがペルシアのスサで発見されたのは、イラン南部にいたエラム人が前12世紀中ごろバビロンを征服したときに戦利品として持ち帰られたと考えられている。ハンムラビ法典はシュメール法典を受け継ぎ、集大成したもとの考えられている。かつては世界最古の法典とされたが、現在はハンムラビ法典は先行したシュメール法典を集大成したものとされており、「世界最古の法典はシュメール法典」と訂正されている。

解説:民族の大移動

前1500年頃までのインド=ヨーロッパ語族の大移動には、他にギリシア人の南下、アーリア人のインド侵入がある。この一連の民族移動は、大筋では、世界史を青銅器文化と都市国家の段階から、鉄器文化と統一国家の段階に推し進めたものであるといえる。

解説:その他のメソポタミア文明

これらの他、メソポタミアでは占星術が基本となり天文・暦法・数学などに発達し、後世に大きな影響を残している。また、1週7日制が行われたのもメソポタミアにおいてであった。

エ.エジブトの統一国家 ノート-4

解説:アマルナ革命

このアメンホテプ4世の改革は、アマルナ革命と言われている。オリエントで初めて一神教信仰を創出したことで注目されるが、その意図はテーベのアモン=ラー神を中心とした神々をまつる神官の権力を奪うことになった。そのため彼は自ら名を「イクナートン(アトン神に愛されたもの、の意味)」と改名し、国民にアトン神の信仰を強制した。しかしその死後、テーベの神官は反撃し、新王ツタンカーメン(アモン神の姿に似たもの、の意味)はアトン神信仰を捨てた。そのためテル=エル=アマルナで花咲いたアマルナ美術も破壊されてしまった。なおツタンカーメンは「王家の谷」が発掘されて黄金のマスクをつけたその遺体が発見されたことで有名。

補足:世界最古の国際条約・水没から救われた神殿

アブシンベル神殿 前1286年ごろ、ラメセス(ラメス)2世のエジプトと、ヒッタイト王国の間のカデシュの戦いは、講和条約締結で引き分けに終わったが、この条約は「世界最古の国際条約」とされている。またラメセス2世が建造した巨大なアブシンベル神殿は、第二次世界大戦後、エジプト共和国を建国したナセル大統領が、ナイル川上流にアスワン=ハイダムの建設を強行し時に水没する危機となった。世界的な救済の声が上がり、1963~68年にユネスコの手によってダム水位の上部に移設させる大工事を行い、水没を免れ、現在も見ることが出来る。

補足:新王国以降のの古代エジプト

前12世紀以降 エジプト末期王朝という。
前8世紀 ナイル上流の黒人王国、a クシュ王国 の侵入により一時滅ぶ。
前663年 b アッシリア帝国 に征服される。a クシュ王国 、南に逃れ、c メロエ王国 となる。
 → アッシリア滅亡後、エジプト王国復活(4ヶ国時代) →後出
前525年 d アケメネス朝 (カンビュセス2世)に征服される。
 → 断続的にエジプト第31王朝まで続く。
前332年 e アレクサンドロス大王 の征服を受け、エジプト王国消滅。
前305年 f プトレマイオス朝 成立。 → ヘレニズム国家だが王はファラオとして統治。
前30年 女王クレオパトラ自殺、ローマに滅ぼされる。

地図:オリエント世界の変化

オリエント世界の変化 前16世紀~前12世紀(各国の大まかな領域を示しています)

オリエント 前16~12世紀
  •  ヒッタイト 
  •  カッシート 
  •  ミタンニ 
  •  エジプト新王国 
  •  エラム 
  •  アッシリア 
  •  ボアズキョイ 
  •  バビロン 
  •  テーベ 
  •  テル=エル=アマルナ 
  •  スサ 
  •  アッシュール 
  •  カデシュの戦い 

オ・東地中海世界の諸民族 ノート-5

補足:フェニキア人

カルタゴは、北アフリカ(現チュニジア)に前810年ごろにフェニキア人が建設した植民市。フェニキア人は他に、イベリア半島にガデス、バルセロナ、カルタヘナなどを建設した。また、彼らはエジプト文字から進化したシナイ文字の影響を受けているとの説がある。

解説:イェルサレム

イェルサレムはダヴィデ以来のユダヤ人の都。ソロモン王のとき、ヤハウェの神殿が建立され、ユダヤ教の聖地となり”ソロモンの栄華”と言われ、その繁栄は旧約聖書でも語られている。その後イェルサレムは、キリスト教・イスラム教にとっても聖地となった。はじめはこれらの宗教は共存していたが、現在はパレスチナ問題が深刻になり、三つの地域に分断され、抗争が続いている。なお、ダヴィデ王は、ルネサンスのミケランジェロの彫刻で有名。教科書のp.207に写真がある。

解説:十戒

『旧約聖書』では、出エジプトの途中、シナイ山の山上で、神ヤハウェからモーセに示されたことになっている。有名なものなので参考のためにあげたが、世界史の学習では、1での一神教と、2で「偶像崇拝」が禁止されていることを確認しておくこと。この十戒はキリスト教でも継承されるが、「偶像崇拝」はそのなかで大きな問題になっていく。なお、一神教や偶像崇拝は、イスラーム教とも共通する教義である。

地図:オリエントの重要地名 遺跡と都市

オリエント重要地名、遺跡・都市
・農耕遺跡 a ジャルモ   b イェリコ 
・シュメール人の都市:c ウル   d ウルク    e ラガシュ 
・バビロニア:f バビロン 
・ヒッタイト:g ボアズキョイ 
・エジプト:h ギザ   i メンフィス     j テーベ   k テル=エル=アマルナ 
・セム系三民族:l ダマスクス   m シドン    n ティルス   o イェルサレム 
・アッシリア帝国 p ニネヴェ 
・ペルシア帝国 q ベヒストゥーン   r スサ   s ペルセポリス 

カ.古代オリエントの統一 ノート-6

解説:ニネヴェの図書館

アッシリア帝国の都ニネヴェの遺跡から大量の楔形文字を記録した粘土板が出土した。これは「ニネヴェの図書館」と名付けられたが、もちろん現在の図書館のような市民が利用するものではなく、アッシュール=バニパル王が広大な帝国領を統治するために、各地の情報を収集して、租税徴収や戦時の動員に用いたものと考えられている。つまり、アッシリア帝国の情報センターだったわけだ。

解説:楔形文字の解読

 楔形文字の解読は、ペルセポリス出土の碑文を研究したドイツのグローテフェントによって試みられ、20世紀になってイギリスの軍人のローリンソンが、べヒストゥーン碑文といわれる高い崖に彫られた碑文を解読し、それがダレイオス1世の業績をたたえた碑文であることを突き止めたことで達成された。

地図:ペルシア帝国

アケメネス朝ペルシア帝国(大まかな領域を示しています)

ペルシア帝国
  •  ペルセポリス 
  •  スサ 
  •  ニネヴェ 
  •  サルディス 
  •  エクバタナ 
  •  ベヒストゥーン 
  •  バビロン 
  •  ダマスクス 
  •  イェルサレム 
  • 10 テーベ 

キ.パルティアとササン朝の興亡 ノート-7

参考:ヘレニズム

 ヘレニズムは、前4世紀にギリシア北方のマケドニアのアレクサンドロス大王が、ギリシアからオリエント世界まで征服した結果として生まれた、ギリシア化された文化のこと。次節のギリシア世界で詳しく学習する。このページの「パルティアとササン朝」も、アレクサンドロス以降のことなので、後回しにして、ギリシア世界を先に学習した方がよい。ローマ帝国、ビザンツ帝国を学習してからでもよい。

補足:シャープール1世

シャープール1世 馬上のシャープール1世。左で跪いているのがヴァレリアヌス。イランのナクシュ=ルスタムに残るレリーフ。
ク.イラン文明の特徴 ノート-8

第1章第1節 オリエント世界 解説・補足 終わり

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