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人種

人類を主として文化や社会の違いから、いくつかに区分した分類。かつては身体的特徴から、白人種、黒人種、黄色人種などを人種としていたが、現在は生物学上の違いは存在しないことが明らかになっており、そのような人種区別は否定されている。

 最近まで自明の概念として「人種 race 」が存在し、人類を肌の色という身体的な特徴で区分することが行われ、さらに意識的・無意識的を問わず「人種」間には優劣があると信じられていた。「白人」や「黒人」「黄色人」が人種とされ、さらにアーリア人、ユダヤ人、朝鮮人、日本人などの民族にまで細分化され、身体的な特徴だけでなく、メンタリティーまで異なった属性をもっているのことは、あたかも生物学上の「種」の違いと同じものと勘違いされてきた。そして、その行き着くところは、生物学的な差異だけでなく、能力的な差があると考え、他人種を差別する「人種主義 racism 」が横行することとなった。それはユダヤ人差別だけではなく、現代の黒人差別や日本にも見られる特定の民族に対する差別感情として残存している。
 しかし20世紀の自然人類学、DNA解析などが進んだ結果、人類には生物学上の種の区別は存在していない、つまり生物学上は人類は同じヒト科の生物ということが判明した。現在は人類の中に見られる身体的な違い(肌の色や身長の違い、顔つき、髪の色など)は人種の違いは生物学上のものではなく、長い歴史の中での環境や社会の違いから生じたものと考えられるようになっている。現在も白色人種(コーカソイド)・黄色人種(モンゴロイド)・黒色人種(ネグロイド)という、遺伝的な身体要素から人類を分けることは行われているが、その使用は慎重を要する。また、「民族」概念との混用にも十分な注意を払う必要がある。

ゴビノーの人種不平等論

 いわゆる人種は不平等であり、白人が他の人種に優越していると主張したのは19世紀フランスの第二帝政時代の文学者、思想家であったゴビノー(1816~1882)であった。彼は外交官としてもペルシアやブラジルなどを回り、その経験から白人、黒人、黄色人の人種の違いは自然なものであり、その中では文明を築いた白人が優秀であるのも当然であると論じた。その観点からすれば混血で人種の障壁が破られることは文明の危機であるので避けなければならないと考えた。この思想は何ら科学的な根拠があったわけではないが、広く受け入れられ、20世紀にはヒトラーの思想にも強い影響を与えた(ただしゴビノーはユダヤ人を劣等民族だとは言っていない)。
 また、19世紀に始まった文化人類学の初期には、フランスのレヴィ=ブリュール(1857-1939)は哲学的な思索によって『未開社会の思惟』(1910)を著し、文明と未開を峻別し、未開社会が文明化することはなく、未開にとどまっているのは人種的特性と考えた。

レヴィ=ストロースの人種論

 20世紀フランスの文化人類学者、レヴィ=ストロース(1908-2009)は自らがユダヤ人であったため戦前にフランスを逃れてブラジルに渡り、その奥地のボロロ族やナンビクワラ族などと生活を共にしながら、「未開」社会の中に人類共通の構造を見出し、戦後の思想界に「構造主義」という斬新な思考を持ち込んで大きな影響を与えた。彼の人種論は、西欧に根強かったゴビノーの人種論を全面的に否定し、文化人類学のアプローチによって現在の人種論を大きく転換させた。彼の発言の一部を聞いてみよう。
(引用)生物学的な人種を、それぞれのもとつ心理学的な特質によって性格づけようとすれば、肯定的な形で規定しても否定的な形で規定しても、化学的な真理からは遠ざかる。この閲歴が諸々の人類理論の父たらしめたあのゴビノーが、『人類の不平等』を量的にではなく質的にとらえたことを忘れてはならない。かれにとっては、原初に人類を形成していた大きな原始人類――白色、黄色、黒色――は、それぞれの素質においては差異があっても、絶対的な価値においてはそれほど違いはなかった。退化による価値下落は、かれにとっては、全人類に共通の価値階梯におけるそれぞれの人種の位置よりも、むしろ混血の現象に結びついていた。この価値下落は否応なく全人類を襲い、人種の区別なくますます深く混血を余儀なくさせたのであった。しかし、人類学の原罪は、人種の純粋に生物学的な概念(現代遺伝学が否認していることだが、この分野でだけはこの概念が客観性を主張しうるとして)と、人類諸文化の社会学的、心理学的な産物とを混同するところにある。ゴビノーはこの混同を犯すだけで忽(たちま)ち、知的誤謬を、善意を失わぬままに差別と搾取のあらゆる試みの思わざる正当化につなげる、あの地獄のような循環に陥ったのだ。<レヴィ=ストロース/荒川幾男訳『人種と歴史』1970 みすず書房 p.7-8>
 しかし同時にレヴィ=ストロースは、人類の文明を画一化するのではなく、多様な文明が存在したのであり、そこに差異があることも確かだという。「人類の生活は、画一的な単元的体制下で発展するのではなく、さまざまな社会や文明の驚くほど多様な様態を通じて発展する」し、「しかも、この知的、美学的、社会学的な差異は、生物学的次元で諸々の人間集団にみられる諸様相の間にある差異と、いかなる因果関係によっても結ばれてはいないのである」と述べている。<同上 p.8-9>
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書籍案内

寺田和夫
『人種とは何か』
1967 岩波新書

古い本だが、自然科学的な人種の意味を知るにはいまも有効。皮膚の色、瞳の色など外見的特徴がなぜ生じたか、など人種の意味を説明。現代の人種差別を乗り越えるためにも再刊されると良いのだが。

レヴィ=ストロース
荒川幾男訳
『人種と歴史/人種と文化』
2019 みすず書房

戦後の構造主義を牽引した文化人類学者が、人種の意味を文化理解の観点から論じる。日本での初刊は1970年。