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教育法

1870年、イギリスの自由党内閣が公立学校の設立を実現させた。

 イギリスはフランスに比べて初等教育の普及では大きく出遅れており、教会が建てた学校に政府が補助費を出すだけであった。そこで1870年には自由党のグラッドストン内閣の手で教育法が制定され、公立学校が設立され、後に初等教育は義務制となった。これによってそれまで4分の1にすぎなかった初等教育の普及率が、1910年には4分の3までに上がった。しかし中等教育を受けることができたのは一部の貴族がイートンやハローなどの伝統的なパブリック=スクール(私立学校)で学ぶだけで、教育の身分格差は大きかった。
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