ウォーターゲート事件
1972年の大統領選挙運動期間中に、ワシントンのウォーターゲートビルの民主党本部に盗聴器が仕掛けられた事件が発生した。共和党側が仕掛けたことが判明、1974年にはついにニクソン大統領自身の関与が明らかになり、議会での大統領弾劾裁判開始が決まった。それをうけて1974年8月、ニクソン大統領が任期途中で辞任し、副大統領フォードが昇格した。
ニクソン大統領は1972年11月に再選され2期目を務めていた。その5ヶ月前の選挙期間中、1972年6月17日にワシントンのウォーターゲート・ビルの民主党本部に5人の男が侵入し、逮捕された。取り調べの結果、彼らは共和党に雇われ、盗聴器を仕掛けていたことがわかり、1974年までにニクソンの補佐官など24名が起訴された。彼らの証言で大統領ニクソンが隠蔽工作を行っていたことが判明し、特別検察官がホワイトハウスに盗聴テープの提出を命じた。テープの内容が明らかになるとニクソンがFBIに捜査の中止を命令するなどの関与がはっきりし、7月25日に下院司法委員会が大統領弾劾裁判で訴追することが決定された。有罪となれば罷免されることになるので、苦悶したニクソンは1974年8月8日、国務長官キッシンジャーに辞任届を提出した。任期途中で辞任した大統領はニクソンが最初であった。
Episode アメリカ大統領の弾劾裁判
アメリカ合衆国の大統領制度では、大統領は国民から直接選ばれ、任期中はよほどのことがないかぎりその地位から追われることはない。議院内閣制をとるイギリスや日本の首相と違う点である。ところがウォーターゲート事件は現職大統領の犯罪という事件に発展し、大統領制度そのものが問われることとなった。現職大統領を辞めさせる方法は、合衆国憲法では大統領弾劾裁判しかなかった。憲法では下院の過半数で弾劾裁判を決定し、上院の3分の2の議決で有罪とされ、罷免される。ウォーターゲート事件ではニクソンが弾劾裁判前に辞任したが、過去には2回例がある。1回目は南北戦争後のアンドリュー=ジョンソンで、彼は上院で弾劾裁判にかけられ有罪判決に必要な3分の2に1票欠いたため罷免を免れた。2回目が秘書との不倫が明るみに出たクリントンであるが、1999年1月の下院の弾劾裁判で無罪となり放免された。<有賀夏紀『アメリカの20世紀』下 2002 中公新書 p.119,190>