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ウォーレス線

イギリス人ウォーレスが発見したアジアとオセアニアの動植物相の境界線。

 東南アジアの島嶼部のスンダ列島(インドネシアの島々)と、オセアニアオーストラリア大陸・ニューギニア(太平洋の島々と区別して、ニア=オセアニアと言われている)の間に認められる動植物相の違い。19世紀中頃、イギリスの博物学者ウォーレスが発見した。ウォーレスは東南アジアで単身、動植物の調査に没頭し、ダーウィンと同じ時期に、生物の進化と自然選択の概念にたどりついた。ウォーレスによれば、オーストラリアに生息するほ乳類はほとんどカンガルーやコアラなど有袋類(母親が袋の中で子どもを育てる)とカモノハシなど単孔類(卵を産むほ乳類)であり、ユーラシアやアフリカ大陸、南北アメリカ大陸の哺乳類はほとんどが母親が胎盤の中で育てる有胎盤類である。有袋類はより原始的な哺乳類と考えられ、かつて大陸がつながっていた頃は全世界に分布していた。約5000万年前にオーストラリア大陸(ニューギニアとは地続きでサフルランドという)が分離した後、アフリカ、ユーラシア、南北アメリカには有胎盤類が台頭して有袋類は絶滅、切り離されたオーストラリア側には有胎盤類の哺乳類が侵入できなかったので、有袋類が多様化して栄えたと考えられている。
 オーストラリア大陸にいた有胎盤類は空を飛ぶコウモリと、流木に乗って渡ってきたと思われるネズミだけだった。ところが約5万年ほど前、東南アジア側から海を越えて人類が渡来した。その時期やどのように渡ってきたのかはまだよくわからないが、現在ではカヌーを操って渡来したと考えられている。彼らがやってきた頃のオーストラリア大陸には現在よりも多様な有袋類がいた。体長3mを越えるディプロドロン、体高が2mになるジャイアントカンガルー、体長1.6mの大型ウォンバット、体重100kの飛べない鳥など・・・。これらの大型動物は氷期が終わる頃絶滅してしまったが、それには渡来した人類の狩猟も一因であると考えられている。<海部陽介『人類がたどってきた道』2005 NHKブックス 第7章> → 人類の拡散
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ノートの参照
序章1節 ア.人類の進化