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小乗仏教

大乗仏教の側が旧来の仏教の主流だった上座部仏教を批判して小乗仏教と称した。

 インドに始まった仏教が展開する中で、紀元前後に成立した大乗仏教に対して、旧来の仏教を小乗仏教といわれた。
 ブッダの教えはその入滅後、多くの部派仏教にわかれたが、その中の最も保守的な正統派が上座部であった。彼らは、ブッダの教えを忠実に行い、出家して戒律を守ることによって自らの解脱を目指す集団であった。2~3世紀のクシャーナ朝時代に盛んになった大乗仏教の思想は、広く民衆を救済を目指すものであった。彼らはみずからの仏教を「大きな乗り物」にたとえて大乗仏教と称し、そのような旧来の上座部とその他の部派仏教を非難し、「小乗(ヒーナヤーナ)」と軽蔑して呼んだ。

東南アジア各地に広がる

インド西北で大乗仏教が盛んになる前に、スリランカなどにから東南アジアに広がった南伝仏教は、この小乗仏教の教えであった。なお、小乗仏教の経典は、より古い要素を残すアーリヤ語の俗語(プラークリット)の一つであるパーリ語が用いられており、現在の東南アジアの仏教経典もそれを継承している。それに対して大乗仏教は、アーリヤ語の標準であり、より洗練された(ということは一般的ではなく比較的難解な)バラモン僧の用いたサンスクリット語が用いられている。
注意 現在は仏教界では小乗仏教とは言わない 「小乗仏教」というのは、大乗仏教側が使った蔑称であるので、上座部仏教に代表される部派仏教の側では使われなかった。そこで、小乗という呼び方は、世界仏教徒会議(1952年)の申し合わせで、南方仏教の呼称などとしては用いないことにした。現在では大乗仏教以外の仏教、東南アジアに広く信仰される仏教は「上座部仏教」(または上座仏教)ということが多い。
 それだけでなく、上座部仏教の立場からは、「大乗仏教」は本来のブッダの教えからはなれてしまったもので仏教ではない、ブッダの教えではない、という見解さえ有る。その立場では、「中国仏教」や「日本仏教」はもはや仏教ではない、と言うことになる。キリスト教における東西教会の対立やカトリックとプロテスタントの対立、あるいはイスラーム教におけるスンナ派とシーア派の対立とは違って、仏教は他宗派に比較的寛容であるが、世界宗教とししては避けられない分裂の要素はやはりもっているということであろう。
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ノートの参照
第2章1節 カ.クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝