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カジミェシュ3世

14世紀、ポーランド王国の基盤を作り大王といわれる国王。

14世紀中ごろのポーランド王国ピアスト朝の国王。ポーランドの歴史の中で、唯ひとり大王と言われるように、中世末期のポーランドを東ヨーロッパの大国に押し上げた人物。カシミール3世とも表記する。当時ポーランド王国は、西方からのドイツ人の東方植民によって土地を奪われることが続いていたが、カジミェシュ3世はドイツ騎士団と講和し、通商を盛んにすることによって国力を高めた。また、法典の整備、通貨の発行など統一国家としての体裁を整備していった。その国力を背景に、1364年には首都クラクフに大学を設立し、文化を保護した。地動説を唱えたコペルニクスも一時ここで学んでいる。その死(1370年)後はその政策の多くは廃止されるなど、必ずしもポーランドの強大化が実現したわけではないが、実質的なポーランド国家の基盤を作った点では現在も評価されている。その死後はピアスト朝が断絶し、ポーランドは北方のリトアニアと合体し、リトアニア=ポーランド王国(ヤゲヴォ朝)となる。 → ポーランドの歴史と現在
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第6章2節 ウ.スラヴ人と周辺諸民族の自立