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アデン

紅海の出入り口に位置しインド洋交易の拠点となった港市。香料の乳香の産地でもある。

 アラビア半島最南端、現在のイエメンに属する。昔からこの地は「幸福なアラビア」と言われ、香料として知られる乳香の豊かな産地であり、またインド洋交易圏における中継貿易の拠点として栄えたところである。15世紀の初めには明の永楽帝がインド洋に派遣した鄭和の艦隊がこの地を訪れている。鄭和の大航海で使われた海図には「阿丹」として出ている。
 近代では1839年にイギリスに占領されてからその支配を受け、1967年に南イエメンが独立したときには首都となった。1990年には南北イエメンが合同してイエメン共和国となってからは首都は内陸のサナアに移った。

幸福なアラビア

 紀元1世紀にアレクサンドリアのギリシア人商人が著したと言われるインド洋交易圏の航海案内書である『エリュトゥラー海案内記』の第26節には、アデンは「エウダイモーン・アラビアー」として紹介されている。これはギリシア語で「幸福なアラビア」という意味で、その後もアデン一帯はそう呼ばれていく。その理由として同書は
(引用)此処は以前は都市(ポリス)で、エウダイモーン(幸福な)と呼ばれたのはまだインドからエジプトに来る者もなく、またエジプトから外洋の諸地方に敢えて渡航しようとする者もなく、(各々が)此処まで来るに過ぎなかった頃に、ちょうどアレクサンドゥレイアが外部からの輸入品やエジプトの輸出品を受け入れるように、両方面からの商品を受け取っていたからである。しかし今では我々の時代を去ること余り遠くない頃に皇帝(カエサル)が此処を征服した。<村川堅太郎編訳『エリュトゥラー海案内記』中公文庫版 p.116-117>
と述べている。
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第Ⅱ部 まとめ
7章1節 イ.明初の政治