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パーニーパットの戦い

1526年、バーブルがロディー朝を破り、ムガル帝国を建てることとなった戦い。

 1526年、アフガニスタンからインドに入ったバーブルが数倍のロディー朝軍を破り、インド支配を決定づけた戦い。バーブル軍は鉄砲と騎兵を併用し、旧式の騎兵のみのロディー朝軍を破ることに成功した。鉄砲はすでにポルトガル人によってこの地にもたらされ、バーブルはそれをいち早く取り入れた戦いをした。北インドを支配したバーブルはムガル帝国を建設した。
 なお、パーニーパットはデリーの北の約137kmの地点にあり、インドにとっての要衝であったので、古来何度か決戦の場となった。その最初がこのバーブルがロディー朝を破ってインド侵出を果たした戦い、次いで1556年、ムガル帝国のアクバル帝がスール朝の軍を破り、ムガル朝の支配を再建した戦い、3番目が1761年にアフガニスタンのドゥッラーニー朝がインドに侵入、マラーター同盟軍と戦ってその北インド支配を排除した戦い、の三度である。
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ノートの参照
7章4節 ア.ムガル帝国の成立