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ベーベル

ドイツの社会主義者。マルクス主義を継承し、ドイツ社会主義労働者党(後の社会民主党)の中心的指導者となった。

ベーベル August Bebel 1840-1913 は旋盤工労働者として労働運動に入り、マルクスエンゲルスの影響を強く受けて社会主義運動の活動家となった。1869年、社会民主労働党(アイゼナッハ派)を結成、翌年勃発した普仏戦争に反対運動を起こし、大逆罪に問われた。この間、ビスマルクの弾圧にもかかわらず、国民の一定の支持を受けて帝国議会の議員に当選し、活動を続けた。
 ベーベルの率いる社会民主労働党(アイゼナッハ派)は、1875年にラサールの影響をうけて穏健な改革を主張するラサール派と合同し、ドイツ社会民主労働者党を結成したが、1878年の皇帝暗殺未遂事件をきっかけに、ビスマルク政権によって社会主義者鎮圧法が出され、地下活動を余儀なくされた。それにもかかわらず党勢を伸ばし、1890年にビスマルクが退陣して鎮圧法が期限切れになると、ドイツ社会民主党として勢力を拡大した。この間ベーベルは一貫してマルク主義を維持し、その理念に従って国際社会主義運動を指導、1889年には第二インターナショナルの創設に尽力した。主著には『婦人と社会主義』(1879)がある。
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第12章2節 キ.ドイツ帝国とビスマルク外交