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ハンガリー革命

1919年のコミンテルンの指導の下、クン=ベラら共産党が起こしたが、国民軍によって倒され、失敗した。

 第一次世界大戦のオーストリア=ハンガリー帝国の敗北で、ハンガリーは分離独立、1918年にブルジョア政権であるハンガリー共和国が成立していたが、情勢は混乱していた。そのような中でクン=ベラらが中心となってハンガリー共産党を結成した。1919年、共和国政府のカーロイが協商国の圧力を受けて退陣、政権をクン=ベラの共産党に委ねた。クン=ベラはハンガリー評議会共和国を誕生させ、コミンテルンの指導の下、ロシア革命に倣った農地改革、企業の国有化に着手、反対した地主などとらえ処刑した。この混乱に乗じてフランスに支援されたルーマニア軍が首都ブダペストに侵攻、また南部には反革命を標榜するホルティ将軍を司令官とする国民軍が組織された。ホルティの率いる国民軍がブダペストに入って権力を奪取、クン=ベラの共産党政権は同年8月に倒れ、共産主義政権は133日で崩壊、ハンガリー革命は失敗に終わった。