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沖縄戦

1945年3月~6月、太平洋戦争において日本国内での唯一の地上戦となり20万が犠牲になった。沖縄には戦後も駐留、アメリカ軍施政権は1972年まで続いた。

 太平洋戦争の末期、1945年4月1日、アメリカ軍が沖縄島に上陸(慶良間諸島には3月26日)、激しい地上戦となった。日本軍は、アメリカ軍の本土上陸を送らせるために持久作戦を立て、住民をまきこむ抵抗を続けた。5月末に軍司令部を首里から沖縄南部に移し、多くの避難民も南部に集中した。アメリカ軍は「鉄の暴風」と表現されるほどすさまじい砲撃で日本軍、避難民をおいつめた。ついに6月23日、日本軍司令官が摩文仁で自決、組織的抵抗は終わった。
 この沖縄戦では約20万人以上が犠牲となった。軍人・兵士は約12万(他府県出身日本兵が約6万6千、沖縄出身兵約2万8千、アメリカ兵約1万2500人)が戦死、民間人の県民約9万人4千人の犠牲を出した(沖縄県の公表数値)。アメリカ軍の捕虜となることを恐れた民間人は、女子学徒隊のひめゆり部隊のように集団自決する人びとが相次いだ。また各地で軍の強制によって民間人が集団自決に追いやられる悲劇が生じた。日本国内で唯一、アメリカ軍との地上戦となった沖縄は、広島・長崎を初めとする本土空襲と共に日本の敗戦に至る大きな犠牲となった。そして、戦後はアメリカ軍の占領がそのまま続き、日本の独立回復後も施政権はアメリカが継続して持っており、ようやく1972年に施政権が返還されたが、アメリカ軍基地の多くはそのまま存続している。
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書籍案内

大田昌秀
『沖縄のこころ―沖縄戦と私』
1972 岩波新書